本能で山を駆け抜ける。 髙村貴子が履き潰す、医者とアスリートの二足のわらじ。

高村貴子選手

研修医として働く髙村貴子さんは、トレイルラン、スカイランの選手としても活躍しています。大学2年生で初めて出場したトレイルランの大会で、3位入賞を果たすと、翌年開催された日本トレイルランレースのパイオニアとして知られるハセツネCUP(通称ハセツネ)では、3位入賞の快挙。その後同大会3連覇を収めています。

ランナーとしても勢いに乗りながら、研修医との二足のわらじを履く髙村選手に、競技と仕事の両立におけるリアルな声を伺ってきました。

 

食事や睡眠と同じく、日常活動の中に「山」がある。


ートレイルランニングと同じく、髙村さんが世界の舞台で戦っているスカイランニングという競技について教えてください。

私の中ではあまり区分けはしていないのですが、山野などの塗装されていない道を走るのがトレイルランニングで、標高2,000m以上の急峻な山岳を駆け上がったり駆け下りたりするのがスカイランニングです。

ー“山を走る”競技とはどのように出会ったんですか?

トレイルランは、旭川で医科大に通っていた時に先輩に誘われてはじめました。当時は競技スキー部に所属していて、山に行くのはゲレンデスキーをする時ぐらいでしたね。

ー初めて出場された大会で3位入賞をされて、その後の国内レースでは目覚ましい戦績を残されてますよね。

初めてトレイルランの大会に出た時に、走るトレイルへの恐怖感や肉体疲労含め、とても苦しかったんです。でも同時に、走った後に得られるとてつもない達成感や爽快感、高揚感に魅了されました。人生が変わった、ってはっきり感じましたね。

それをきっかけに、晴れた日には山に行って走ることが私の日々の楽しみとなり、今に至ります。

 

ートレイルランの大会で、特にお気に入りのレースはありますか?

国内外のレースに出場していますが、やはり日本トレイルランニングレースのパイオニアとして知られるハセツネCUP(通称ハセツネ)が一番好きです!総距離71kmの間にはエイドが一切なく、給水所は一ヶ所のみという、生きる力が試されるレースです。

ートレイルランへの情熱が伝わってきます。髙村さんが山でトレーニングをする際に意識されていることはなんですか?

山へは、トレーニングで行くという感覚では行ってないんです。私にとっては眠ることや食事を摂ることと同じような感覚で、山に行くことは日常の一部として組み込まれているように感じます。山に行くことを奪われたら、と考えただけでしんどくなっちゃうんですよね。


走ることと、学ぶこと。猛烈な追い込みで掴んだ研修医への道


ー髙村選手は現在研修医として働かれていますが、専門分野は決められましたか?

学生の頃はスポーツ選手だけを診たいという願望が強く、スポーツドクターを目指していたのですが、実際の研修を受けてみたらその縛りが消えました。どの科に進むかはまだ全然決めていないのですが、スポーツ医学にこだわらずに純粋に人を助けたいと今は思っています。あと一年あるので、じっくり選びたいと思っています。

ーちなみに、練習をする時間は確保できるんでしょうか?

今の仕事の基本的な勤務時間は8時から17時過ぎですが、当直の日は夜間の出勤もあります。時間を見つけて早朝や夕方に走ったり、休みの日は絶対に山に行きますね。冬はスキーで下半身を鍛えています。練習量は学生時代に比べて激減しましたが、周囲には「絶対に無理」と言われた競技との両立を、今図っている状態です。

ー競技との両立にあたって、職場の理解度はどうですか。

大学卒業後に研修先の病院を選ぶ際、競技との両立を認めてくれること・山の近くにあることの2点を基準に全国の病院を探したところ、今の病院が理解を示してくださり、だいぶ練習に時間を割かせてもらっています。

ー研修医としての2年間を終えても、競技は続行されるんですか?

今働いている上田の病院では2021年の3月まで研修医として働き、それ以降は後期研修医としてまた別の病院を探さなければならないので、今は色々な方にお話を聞いて職場探しに奔走しているところです。体力的な面を配慮した結果、30歳までは競技の第一線にいたいという気持ちが強いので、両立が実現できる職場が見つかれば良いなと思っています。

ー競技のみならず、プライベートに至ってもご自分で道を切り開くという印象が強い・・・。

力を抜くということができない性分なんでしょうね。医学の道を極めたい、でも自分のやりたいことも全力でやりたい。時間は有限で、しかも競技に関してはタイムリミットがあるので、自分で決めた期限内においてその二つの両立を実現できる場所をできる限り作り出したいと思っています。

 


忍耐力というアイデンティティ、田んぼで培った粘り強さ


ースカイランの選手として世界で戦うタイムリミットを30歳とされていますが、その理由はなんですか?

スカイレースはいかにスピードを出せるか、急峻な斜面を駆け下りる際には度胸が試されるような競技的に強度の高いものなので、世界で戦う身体年齢にはやはり限界があると感じていますね。

ー競技に関して、遠征費などは全部自費というのは本当ですか?

本当です。大会に招待いただいた場合の宿泊場所は用意されますが、交通費は国内外問わず全て自費です。遠征費など考えると、競技を継続するにも場合によっては難しいことですよね。知名度が上がることで、選手の環境が整っていけば良いなと願っています。

ー髙村選手が選んだ競技も職業も大変タフですが、その強さの秘訣はなんですか?

山を走る上で必要なフィジカルや心肺機能の強さは、大学時代のスキー部でベースが出来ていて、その上に肉付けをしていった感じです。メンタルに関していうと、自分の強みは諦めないことですかね。

ー諦めない精神、ですか。粘り強さや忍耐力に特化していると自覚があるのでしょうか?

そうですね、絶対に諦めたくないんです。実家が農家で、幼少期から延々と農作業を手伝っていたのですが、恐らくこの忍耐力や粘り強さは当時染み付いたものだと思っています。

ー農作業とレースで、リンクする点はどんなところでしょう。

例えば、豊かな実りをもたらすために草刈りは大切な作業なのですが、草って本当に毎日生えてくるし伸びてくるんです。田植えの作業も、腰は痛いし終わりが見えない。自分がやらないと終わらない作業は、やるしかないんですよ。踏ん張って頑張れば終わりがくることをその時に学んだのですが、この精神はレースにも通じるんですよね、全てが自分次第なんです。

ー幼少期の農作業経験で精神性を、複合スキーでは身体性が鍛えられるなど、スカイランニングの競技に出会うための布石のようですね。

出会ってしまったという感じですね。世界の舞台が見えているので、もっと戦いたいしもっと早くなりたいって思っています。今年の冬にはトレーニングも兼ねて板で登って滑って降りてくる山岳スキーも始めたので、山岳スキーにも本腰を入れて大会に出たいなと思っています。

 

 

ー仕事とプライベートの両立の中で、さらに挑戦されるんですね。

はい。やりたいこと、本当に諦めたくないので。年齢や環境のことを置いておいても、絶対に挑戦したいことがあったらやるべきだと私は思っています。やると決めてから、じゃあその環境を整えるためにはどうすれば良いんだろう?と逆算して実践していけばいい。
転ばないことも大切ですが、転んで立ち上がる強さも大事だと思っているので、私の強みでもある粘り強さを活かし、好きなことややりたいことをこれからも追求していきたいです。

***

髙村貴子(たかむら たかこ)
1993年生まれ。トレイルランニング、スカイランニングの選手。大学卒業後は研修医として働きながらも、国際舞台で戦う国内トップランナー。2018年スカイランニング日本選手権優勝、世界選手権では10位入賞を飾る。2019年ワールドシリーズ・Mt.AWA大会では3位入賞。また、今年度以降は山岳スキーでの国際試合出場を狙う。

 

写真提供:ご本人

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