【中村美里×髙市未来】女子柔道界の先輩後輩コンビが明かす喜びと苦悩

先輩が同じ競技に励む後輩にインタビューをするパリ五輪直前対談企画。今回のインタビュアーは、3大会連続で五輪出場を果たした、柔道女子52キロ級元日本代表の中村美里(なかむら・みさと)さん。

対談相手は、女子63キロ級で2大会連続の出場、そしてパリ五輪出場が内定している柔道日本代表の髙市未来(たかいち・みく)選手です。この二人、実は同じ道場(高尾警察署)出身の先輩後輩コンビでもあります。

今回は、日本の女子柔道を牽引する存在として世界の舞台で戦ってきたお二人に、競技と向き合う中で感じてきた喜びや苦しみ。そして、五輪に臨む上での心境の変化などを赤裸々に語り合っていただきました。

怪我明けの試合で柔道の楽しさを改めて実感

中村
改めて柔道を始めたきっかけを教えてください。
髙市
警察官だった父の影響で兄が柔道を習い始めて、その流れで私も始めました。
中村

私も同じ道場で始めてすぐに柔道に熱中したけど、未来はどうだった?

髙市
全く同じです。高尾警察署では柔道だけでなく、戦うことの楽しさも教えてもらって、私もすぐに熱中しました。
中村
やっぱりそうだよね!本当に高尾警察署で始めて良かったよね。
髙市
それは本当に間違いないです!そこでスタートできたことが、今続けられている理由かもしれません。
中村
選手を続けている上で大事にしていることはある?
髙市
若い頃は、強くなることや周りへの感謝を大切にしていました。もちろん今もその思いは変わりませんが、それに加えて、自分の気持ちを優先したり、健康管理により注意を払ったり、歳を重ねるにつれ変化してきた印象はあります。自分自身と向き合うことが、より良い結果につながると思うようになりました。

中村
今までの競技人生の中で一番嬉しかったことは?
髙市
これはすごく難しいですね。初めての世界選手権代表も五輪の日本代表も、どれも嬉しかったけど、じゃあ何が一番かというと…。
中村
選べないね(笑)
髙市
色々あって選べないです(笑)。でも一番は、怪我明けに復帰戦として挑んだ講道館杯ですかね。優勝できたことも嬉しかったんですけど、それ以上に、久しぶりに試合に出て、柔道ってこんなに楽しいんだと心から感じられたことが、何よりも嬉しかったです。
中村
それは本当に深いね。2022年の講道館杯かな?
髙市
そうです。当時28歳で、柔道界ではベテランと言われる年齢。色々な経験を積んで、年齢を重ねて、それでも柔道に対して楽しさや喜びを感じられることが新鮮でしたし、なんだか不思議な気持ちになりました。
中村
それがなかったら今も五輪を目指すことはなかったかもしれないし、すごく大事な経験をしたよね。
髙市
本当にありがたいですね。

重度の生理痛は当たり前じゃない。五輪後に見つかった卵巣嚢腫

中村
女性アスリートとして世界で戦う中で、生理や女性ならではのメンタル的な問題について考えていることはある?
髙市
こういったテーマについてあまり公の場で話したことがなかったんですが、女性アスリートとして生きていく上で、避けられない大きな課題だなと考えています。

私自身、重度の生理痛に悩まされながらも、痛み止めで乗り切るしかないと諦めていた時期もありました。でも薬に頼ることでパフォーマンスの低下や怪我のリスクが高まると知り、東京五輪後の休養期間中に婦人科で検査を受けたところ、卵巣嚢腫が見つかったんです。

その時に、これまで練習中に感じていた痛みや苦しみが、当たり前のことではなかったんだと初めて知りました。だから痛みを感じたら我慢するのではなくて、向き合うことが大事なのかなとは思いましたね。

中村
それはすごく大事だし、もっと早く知りたかったとも思うよね。
髙市
間違いないです。やっぱり生理については話しづらさもありましたけど、もっと早い段階で誰かに相談したり、正しい知識を得ていたら、こんなに苦しむこともなかったのかなと。
中村
この未来の発言が他の人にとって知るきっかけにもなるだろうし、指導者に頼るだけでなく自ら知識を得る必要性をすごく感じるね。
髙市
本当にそうですね。そもそも私たちはアスリートである前に一人の人間ですし、元気でないと、競技も一生懸命できないですよね。
中村
健康な体があってこそだよね。ちなみに練習中に苦労した生理のエピソードとかはある?
髙市
色々ありますね。特に辛かったのは、ランニングトレーニング中の手足のしびれです。そういう症状が出ると、生理が近づいているのがわかるじゃないですか。その時は、練習に集中したいのに、その症状が出るのが怖くて、思うようにパフォーマンスを発揮できませんでした。

あとは道着が白いので、経血がついたらどうしようという不安も。実際に道着についてしまったこともあったので、それを気にして何度もトイレに行きましたし、ストレスを感じることは多かったです。

中村
そういうことが気になると柔道にも集中できないよね。結果的に怪我につながるかもしれないし、色々とラクになったらいいんだけど…。ちなみに未来の解決方法は?
髙市
色々なことを試してきた結果、今はピルを服用して生理を止めています。人それぞれ考え方もありますし、体に合う合わないとか副作用の心配もあるんですけど、今の私にはベストな選択でした。なのでもう2、3年は生理用品を使っていないんです。

でも生理があった頃は、体を冷やさないように気を付けたり、食事内容を工夫したりしていました。本当にきつい時は、練習をお休みしてましたね。

中村
実際に生理を止めてみて、今はどう?
髙市
完璧です。生理の辛さって、お腹の痛みや胸の張りだけじゃなくて、メンタル面での影響も大きくて。何も悲しいことがないのに涙が出てきたり、理由もないのにイライラしたり。そういった症状が出なくなって本当に良かったですし、すごく生活しやすくなりました。より競技にも集中できるようになって、体調管理の重要性を改めて感じましたね。
中村
未来に合った方法が見つかって良かった。話を聞いていて今はストレスがない状態なんだろうなって思ったし、それが一番いいよね。

パリでは、自分の思う柔道を…

中村
パリ五輪出場内定が決まったときの心境は?
髙市
実を言うと、東京五輪が終わった時点で、もうこの舞台には立てないだろうなと思い込んでいたんです。だから再び五輪に挑戦できることになって、もちろん嬉しかったし、ほっとした気持ちもありました。

でも出場までの道のりの大変さを知っているからこそ、純粋に喜ぶというよりは、「よし、やってやるぞ!」という強い覚悟が芽生えたという感じです。

中村
それは五輪を知ってるからこそだよね。出場決定をかけた試合はどんな気持ちで臨んだ?
髙市
最後の試合は「どうなるかな?」という不安や苦しさもありましたけど、相手も同じく苦しかったはずだし、この舞台では何かしらで上回ってやろうという気持ちで臨みました。
中村
実際にその試合を見ていて、私の方が泣きそうになっちゃった。みんなも未来のことを応援していて、そこが未来の強さというか、声援を力に変えて戦っていたのかなって。試合を見ながら思ったよ。では、パリ五輪への抱負を教えてください。
髙市
日本代表として、そして柔道家として、五輪に出場するからには金メダルを目指したいですし、自分の力を最後の最後まで出し切りたいです。

これまでの2大会では、思うような柔道ができず悔しい思いも味わってきました。私にとってはこれが最後の五輪になるかもしれないですし、だからこそ思う存分、パリで全てを出し切りたいと思っています。

中村
五輪まであと数ヶ月だけど、その中で未来らしく、未来がやりたい柔道を追求していってほしいなって思うよ。

自分にできることは、一生懸命進むこと

中村
逆境に直面したときは、どうやってモチベーションを維持したり、気持ちを切り替えたりして戦ってる?
髙市
逆境に対しては、立ち向かうというよりも現状をしっかりと受け入れることが大切かなと思っています。だから自分のエネルギーを分散させないように、自分がやるべきことに集中する。その意識を持って、行動しています。
中村
その考え方はすごく大事だよね。
髙市
もう本当に無理な時は立ち向かってもどうにもならないなと。であれば今の状況を受け入れて、自分の中の苦しさとか辛さとか負の感情をしっかりと受け止めてあげた方がいいなと思っています。
中村
女子柔道家としての道を歩むにあたって、どういう存在になっていきたい?
髙市
今の私が何か大きなことを成し遂げられるかと言われたらそうでもないかなと思うので、柔道家としても人としてもより大きくなっていく、その成長する過程をお見せできたらなと思います。
中村
相変わらず謙虚なのよ(笑)

髙市
もちろん憧れの存在になりたい気持ちもあります(笑)でも、自分にできるのは一生懸命頑張ることだけかなと。あとは私、どん底に落ちた時の開き直りっぷりは、自分の長所だと思っています。決してそれを真似してくれという話ではなく、がむしゃらに取り組む姿勢を見ていただければという気持ちですね。
中村
未来の頑張る姿を見てみんなもポジティブな影響を受けているし、私は未来がそのまま自然体で頑張ってくれたらいいなと思っています!
髙市
ありがとうございます!

いま歩んでいるこの人生そのものが柔道

中村
これもまたちょっと大きな質問になるけど、未来にとって柔道とは?
髙市
いま歩んでいるこの人生そのものが柔道なのかなと。競技をやっていると勝敗が全てと思いがちですが、それだけじゃないですよね。かけがえのない仲間に出会えたり、生きる道を示してくれたり。柔道から学んだこと、得られたこと、本当に沢山ありすぎて、柔道は私の人生そのものだと思っています。
中村
それは本当に間違いないね。今後、競技以外も含めて挑戦したいことはある?
髙市
実は最近、英語学習に力を入れています。正直、かなり苦労していますが(笑)海外の選手が日本に練習しに来てくれる機会が増えたので、もっとコミュニケーションを取りたいですし、海外の柔道についても、色々聞いてみたいなと。お互いの国の柔道についてカジュアルに情報交換できるようになりたいです。
中村
同じく!そこはもうやるしかないから、一緒に頑張ろうね。

パリ五輪、現時点では私の人生の全てだけど…

中村
未来にとっては今回が3回目の五輪になるけど、リオ、東京、パリ、各大会に臨むにあたって心境に違いはあった?
髙市
全部違いますね。1回目のリオ大会は、自分が選ばれたこと自体が信じられませんでした。目指していた舞台だったのに、いざ選ばれると「私が!?」」みたいな(笑)。

でも、実際に参加して分かったことですけど、対戦相手も他の大会とさほど変わらなければ、それどころか選手数も少ない。だから私の中では当時、五輪を特別な大会として位置づけすぎていた部分はありましたね。

2回目の東京大会に向けては、リオでの反省を活かして、万全の準備をしようと決めていたんです。でも怪我など想定外のこともあって、いきなり自信がなくなってしまいました。しっかり準備してきたはずなのに!って感じで、逆に気持ちが空回りしてしまったんです。リオよりも気合は入っていたんですが、それが裏目に出てしまった感じがします。

今回のパリは3回目で、現時点では人生の全てです。でも同時に、この経験は長い人生の過程の一部で、この過程が良くなることによって、新たな道が開かれるとも思っています。だからこそ、今はこの大会に全力を尽くしたいですね。逆にどうでしたか?

中村
1回目と2回目は似てるかも。1回目は本当にサプライズみたいな感じで、まさか自分が選ばれると思ってなかったな。当時は19歳だったし、若さと勢いで「金メダル取ります!」って、何も知らないのに言ってたね。

2回目は1回目の悔しさを晴らすために、4年間がっつり準備するつもりだったけど、最後まで心と体がもたなかったね。2年ならよかったかも。3回目は、さすがにすぐには目指せなくて、でも残り2年くらいでやっぱり頑張りたいなって思ったんだよね。でも、1、2回目よりは心も体もしっかり準備できてたかなと思う。

だから未来みたいに長い人生の中の通過点として捉えられているのはすごくいいことだよね。そういう気持ちで五輪を迎えられるなら、めちゃくちゃ充実した大会になるんじゃないかな。だからとにかく楽しんでほしいし、全力を出し切ってほしいです。

髙市
先輩は鉄の心を持っているイメージだったので、今の話を聞いて驚きました…。先輩にも色んな苦しみがあったんですね。一緒に参加させてもらった大会でも先輩はいつも堂々とされていて、自分だけ弱気でダメだなと思っていました。
中村
今さらだけど、こういう話をもっとしておけばよかったなとは思うね。先輩たちも含めてみんなで情報を共有するというか。自分だけじゃないと思えたら、もっと安心できたかもしれないよね。
髙市
そういう話って必要かもしれないですね。
中村
出場メンバー同士はあんまりそういう話はしないもんね。弱みを見せちゃいけないみたいな感じがあって、お互いにちょっと強く見せてる部分もあるし。でも実際にはそういう話はすごく大事かもしれないし、先輩たちから聞くことも大事だよね。未来はこれから五輪を迎える立場だし、こういうことを若手の子たちに伝えていってほしいな。
髙市
若手の子たちが優秀すぎて逆に教えてもらいたいぐらいですけどね(笑)
中村
若手の子たちとも上手くやりつつだね!
髙市
 はい。頑張ります!

頑張っているあなたは、素晴らしい

中村
未来と同じように挑戦を続ける女子アスリートに伝えたいことはある?
髙市
今こうして健康で、心身ともに充実した状態で、一つのことに情熱を注いで生きていけること自体が素晴らしいと思うんです。特に同世代のアスリートが試合に出場して、若手選手が台頭する中、苦しんだりもがいたりしながら戦い続ける姿を見ると、私も勇気をもらえます。だから、自分のやってることに誇りを持ってほしいし、本当にあなたはすごいことをやっているんだよと伝えたいですね。
中村
私はその言葉をそのまま未来に伝えたいです!誇りを持って生きてください。
髙市
はい、誇りを持って生きていきます!

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