「逃げるように辞めたくなかった」元AS日本代表・武田美保の前向き思考力

アーティスティックスイミング(AS)元日本代表の武田美保(たけだ・みほ)さん。指導者として有名な井村雅代さんに指導を仰ぎ、3大会連続で五輪出場、夏季五輪において女性選手として日本歴代最多タイである5つのメダルを獲得しました。

引退後は、結婚を機に三重県に移住し、三重大学特任教授に就任。シンクロの育成指導もスタートし、現在は選手の指導に力を入れています。

競技の中で得た「前向き思考力」で、心身ともに厳しい環境でも結果に繋げることができたそうです。指導する立場になってようやくわかった当時の指導者の思い、スポーツを通して得た自分との向き合い方。現在の武田さんの思いを伺いました。

逃げるように辞めたくない

ー3大会連続の五輪出場、数多くのメダルを獲得されている武田さんですが、競技生活のなかでとくに思い出深い試合を教えてください。

人生で納得のいく演技ができた大会が、2つだけあります。

ひとつは、メダルを獲得したシドニー五輪のチームでの演技です。ASとしては世界で初めての空手演技を披露しました。ASはバレエ基調の演技が多いので、会場がどよめいていたことを覚えています。

あとは、その翌年の世界水泳です。チームでは良い結果を残せたシドニー五輪でしたが、デュエットの演技は納得できず…再チャレンジしました。ゾーン(高い集中力)に入れる程調子が良くて、優勝することができた思い出深い試合です。

ーたった2回なのですね。自分が思うような演技ができないと、モチベーションを保つことも難しかったのではないでしょうか。

練習を「やらされている」感覚だとモチベーションを維持することは難しいので、自分でテーマを考えて取り組んでいました。それができた時には、「私って、天才!」と自分を褒めて、次の日のエネルギーにしていましたね。

ただ、日本代表として活動するようになってからは、指導者が求める要求も高くなり使命感に苦しくなることもありました。練習時間が10時間を超える日もあり、厳しい言葉に挫けそうになったこともありました。

ー辞めたいと思ったことはありましたか?

何度も辞めたいと思いました。「逃げたくない」という気持ちが強かったので、続ける決心をしたのですが、どうすれば乗り越えられるのかわからなくて…。他人は変えることができないので、まずは自分の態度を改めることにしました。怒られる理由は、私の態度も原因かなと。

まずは先生の指導を素直に受け入れようと、指導後の「返事」を変えてみることにしました。決意は固めたものの、いつもと違った振る舞いをすることへの不安が襲いました。それでも次の日勇気を振り絞って変えてみると、先生が驚いた顔をして「それを待っていた!」と喜んでくれました。先生が気がついてくれたこともですが、勇気を出した行動によって、状況が好転したことが本当に嬉しかったですね。

また母のサポートも大きかったです。怒られて帰った時に、指導者に何を求められているのか、言葉の本質は何なのかを一緒に考えてくれました。おかげで「怒られている」という部分だけにフォーカスせず、言葉の意味を考えるようになりました。すぐには理解できませんでしたが…(笑)。もともと前向きに考えられるタイプでしたが、競技のおかげでさらにパワーアップしたと思います。

今、やっとわかった言葉の意味

ー競技を引退されて、その後のキャリアはどのように決めましたか?

引退後はショーに出演して、徐々に競技から離れていきました。急なキャリアチェンジではなかったので、準備する期間があってよかったなと感じています。ショーの出演期間を終えた後は、講演のお仕事も行なっています。

講演後に「勇気をもらった」とメッセージをいただくと、役に立てたのかなと嬉しく思います。スポーツでの経験が、社会に還元できることはありがたいですね。

結婚後はご縁があって、三重県に移住をしました。そこでASの指導を行なっているクラブに「サポートをしたい」と門を叩いたんです。ASに再度携わることになり、久しぶりに緊張感や高揚感を味わいました。競技から離れて、もう二度とあの緊張感を味わうことはないと思っていましたが、今は選手たちのために一生懸命になれています。

ーご自身の経験を活かして指導するにあたって、どのようなところを意識されていますか?

大事にしているのは、選手との信頼関係です。声掛けのタイミングを変えないようにしています。ここがブレてしまうと、選手たちも基準がわからなくなり不信感を募らせてしまうので。

また、選手の技術の向上と定着を目指し、言語化能力も高めるように指導もしています。ASは人の良いところを真似することで上達が早くなるので、自分の動きを言語化しながら分析することが必要になってきます。

井村先生がやってくださったように選手に合わせてアプローチを変えていますが、なかなか難しいですね。今になって当時の先生の言葉の意味がわかりました。ほんとうに日々勉強です。

自分の感情にラベルをつける

ー7月から世界水泳が開催されますが、今大会の見どころを教えてください。

実は、先日かつてないほどのルール改正があったんです。これまでは自由度が高いプログラムでも勝つことができましたが、これからは高得点が取れる技が決まっているので、どの国もその技を入れるようになり、少し似たような演技に見えることも多いかもしれません。

また減点も大きくなるので、少しでも失敗するとメダル候補から外されてしまいます。そんなスリルを感じながら、観戦してくださると嬉しいです。

ー大幅なルール改正は、選手にとっては大変ですね。日本の演技がうまくいくように、応援しています!武田さんの今後の目標を教えてください。

指導している選手をどうにかして日本代表にしてあげたいですね。私だけが突っ走るのではなく、選手と目線を合わせて目標に向かって進んでいきたいです。

そして家族ができて優先順位が変わったと実感しています。今は、自分のことよりも家族や選手の目標達成に幸せを感じているので、サポートできるように頑張っていきたいと思います。

ー最後に、メッセージをお願いします。

スポーツは、日常では味わうことのない感情を味わえる良いきっかけになると思います。人生を豊かにするためにも、生涯を通してスポーツに関わる人が増えると嬉しいです。

スポーツを通して、私は自分の感情に向き合う時間をすごく大切にして来ました。そのおかげで、前向きにここまでやってこれたと思っています。ぜひ1日の終わりにその日を振り返って、自分と向き合う時間を作ってみてください。「怒った」「嬉しい」「楽しい」など自分の感情にラベルをつけることで、自分自身を理解してストレス軽減につながります。前向きに目標に向かって、進んでください。

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