「自分で決めた目標は絶対にブラさない」走り高跳び・髙橋渚はどう日本記録に挑むのか?

センコー株式会社陸上競技部に所属する女子走り高跳びの髙橋渚(たかはし・なぎさ)選手。中学の体育で走り高跳びに出会い、日本記録を持つ醍醐直幸先生が指導する強豪校に進学することに。全国レベルの選手に囲まれ戸惑いながらも、着実にスキルを上げ、高校3年生の全国高校総体で優勝。2024年6月に開催された第108回日本陸上競技選手権大会にて、1m87を跳び三連覇を達成しました。

社会人になってからもさらに記録を更新し続け、日本選手権での3連覇を達成。醍醐奈緒美コーチと日々練習に励みながら成長しています。

走り高跳びへの向き合い方や直近の世界大会で得た経験、これまでの選手生活で感じたパフォーマンス維持の方法についてお伺いしました。

 

「何もできない…」から始まった陸上。日本一の先生に学んだ、選手としてのメンタリティ

ー高校生から、陸上を本格的に始められました。日本記録を持つ醍醐直幸先生の影響も大きかったと思います。

醍醐先生には、本気でスポーツをやるとは、自分で目標を設定して達成に向けて取り組んでいくことだと教えていただきました。過去にもバドミントンや水泳など様々な競技をやってきましたが、楽しいからやるくらいの感覚だったので、意識が大きく変わりました。高校以降は記録を狙いつつ、足りない所を考えて取り組めるようになったと感じています。

ーとはいえいきなりハイレベルな環境で、難しい部分もありましたか?

最初の1年間はついていくのに必死でした。強豪校で周りは全国大会を狙う選手ばかり。最初は自信がなく、「全国大会は夢のまた夢。私なんかがそんなところに行けるわけがない」と。しかし日本一の先生に教わっている以上、「このままではダメだ、私も上を目指して成長していきたい」と思うようになりました。

大きな実績はなかったにもかかわらず、私と向き合い続けてくださったからこそ気持ちが変化していったと感じています。

技術面だけでなく、「どういう選手であるべきか」と“心”の部分も徹底して鍛えてくださいました。高校3年間は、毎日必死に陸上に取り組み、選手としての土台を作ることができたと思います。高校時代の経験があったからこそ、大学、社会人と常に自分と向き合い成長できていると実感しています。

ー高校生から社会人にかけて記録も次々と更新されています。変化したポイントはどこだと思いますか?

今までも陸上を一番に考えてきましたが、社会人になってからより一層陸上について考えるようになったと思います。競技が仕事になっているので、お金が発生している以上責任感はより強くなりました。

また、今も常に醍醐奈緒美コーチが親身に向き合ってくださっていて心強いですね。どんなことでも話せる関係性で、安心して競技に取り組めているというのも、モチベーションを保ちながら記録が更新できている理由のひとつだと感じています。

 

「競えることが楽しい」海外大会挑戦の経緯

ー2023年以降は、海外大会にも参加されています。レベルの高い環境を求めてでしょうか?

そうですね。日本代表に入るためには大会に出場しポイント(※)を取ることが必要です。オリンピックや世界陸上などを見据えた時に大きな試合に積極的に挑戦すべきだと思い、2024年1月にカザフスタンのアスタナで開催された大会に初めて参加しました。

※世界陸上競技連盟が定めるグローバルランキングを決定するためのポイント。定められた大会での記録と順位によって算出され、オリンピックの選考基準としても使用される。

ー海外の大会に参加して感じたことや日本との違いはありましたか?

初めての試合はすごく緊張しましたが、とても楽しかったです。試合に出るためにさまざまな手続きをしたりと、いろいろな人の協力があって出場できた試合。絶対に結果を出して帰ってこようと思っていました。当日はひとりで行ったので、コーチがいない中で調整して出場するのも良い経験でした。

ー世界で戦うようになり、海外の選手から吸収したことを教えてください。

日本だと180cmくらいから跳べる選手が少なくなっていくのですが、海外では185cm跳んでも当たり前。8人が出場したら8人とも180cmに残っていることもあるので、レベルの高さを痛感しました。

日本で記録に挑戦するとなると、どうしても自分との戦いになってしまいます。周りと競えるのは楽しいことだなとあらためて感じました。

また特に海外では、私の存在を知らないにもかかわらず、相手から挨拶をしてくれたり、跳躍が終わると握手をしてくれたりします。世界で活躍する選手は優しくて余裕があるなと感じました。最近は何もせずに帰って来るのはもったいないと思い、英語でコミュニケーションをとることも頑張っています。

目標を持ち続ける強みを生かし、世界との距離を縮めるために

ー先日行われた日本選手権は優勝し連覇を達成、ただ自己ベスト更新とはなりませんでした。振り返ってみていかがですか?

日本選手権で1m90の自己ベストを出せば、パリ五輪の出場をかけてポイントが上がる可能性のあった試合でした。試合数週間前の6月にはニューヨークでの試合に出場し勢いをつけ、自己ベストへの挑戦もすでに3回していました。体のコンディションも良く、更新できるならここだと思っていたので、とても悔しかったです。今思うと、飛びたい気持ちが前に出すぎて、意気込みすぎたんじゃないかと。やりたいことに集中していれば、1m90になっても気持ちをぶらさず、挑めたのかもしれません。

ー1本にかける思いが大きい分、緊張やプレッシャーを感じることも多いと思います。飛ぶ前の気持ちやメンタルコントロールはどのようにしていますか?

自分の助走のリズムや準備してきたことにどれだけ集中できるかを考えています。モチベーションを上げながらも冷静に、やってきたことをブラさずにやることは得意な方だと思います。ただ今まで飛んだことがない高さになっても同じようにできないといけないので、そこは今後の課題ですね。

また、記録だけ見るのではなく、課題をどれくらい達成できたかも自分なりに評価しています。このような考え方を教えてもらってから競技がより楽しくなっていきました。

ー調子が悪い時の調整も、とても繊細な競技かなと。

ついこの間も試合の数日前に出場辞退を考えるほど調子が悪い時がありましたし、調子はいいのに理想の跳躍ができない時もあるんです。

調子が上がるとスピードも上がるのですが、スピードが出ればいいわけでもありません。きちんと自分のリズムでないと、踏切の位置が変わってしまったり、跳ぶタイミングがズレてしまったりします。筋力が上がってきたからこそ今年は悩むことも多くありました。

上手くズレを修正してコントロールできれば、少しずつ記録に繋がります。自分と向き合いながら上手く調整して、不調を乗り越えるようにしています。

ー試合に向けて、体重管理で心がけていることはありますか?

重いと跳べなくなってしまうのである程度は管理していますが、細ければ飛べるというわけでもありません。パワーを発揮するために、特に上半身の筋肉作りを心がけています。

タイミングを取るのは腕ですし、踏み切ったあと身体を引き上げないといけません。最近は上半身がうまく活用できるようになってきたと実感しています。

ー生理との向き合い方もパフォーマンス管理のひとつだと思います。競技に影響があったことはありますか?

足に力が入らなくなってしまうことが多いんです。足が緩んだ感覚を改善するため、生理が被ってしまった時はウエイトで足に刺激を与えています。それでも体幹が抜けている感じがあったりと、難しいところです。去年は幸いにも一度も生理と試合が被らなかったのですが、今後は調整できるようにピルを飲むなど対策も考えていきたいと思っています。

ー最後になりますがこの先のキャリアについての展望や思いを教えてください。

今回のパリ五輪にはあと少しのところで出場できず、すごく悔しい思いをしました。来年の世界陸上で絶対に代表に入れるように頑張ります。

続けられるところまで、現役で挑戦していきたいなと。日本の女子高跳びは世界のレベルから離れているので、記録を狙いながら近づいていきたいです。

走り高跳びは30歳前後で引退する選手が多いんです。26〜28歳が全盛期だとも聞いているので、その時期にどんな跳躍ができるかを楽しみに、1日も無駄にしない気持ちで挑戦し続けたいと思います。

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