「強化だけでは、世界に勝てない」元日本代表・鈴木彩香が語る、女子ラグビーの課題

女子ラグビーは、日本では依然としてマイナースポーツに分類される競技です。「女子ラグビーをやってみよう」と思えるような、身近な環境も情報も決して多くはありません。そんな中、ラグビーに約25年間の人生を捧げ、現在女子ラグビーの普及活動に奮闘されている方がいます。

元ラグビー女子日本代表の鈴木彩香(すずき・あやか)さんは、7人制と15人制ラグビーそれぞれで2回ずつW杯へ出場。さらに現役中の2022年6月から、女子ラグビー選手やその関係者が運営に参加するコミュニティ活動「WOMEN’S RUGBY COMMUNITY」を立ち上げ、コアメンバーとして活動しています。

2023年1月の引退後は一層、女子ラグビーの普及や発信活動に力を入れています。鈴木さんが考える女子ラグビー界への課題や思いを伺いました。

(聞き手:市川紀珠、文:花城みなみ)

 

イギリスでは、ラグビーは人生の一部。「練習環境や選手の意識を変えるべき」

—2023年1月に引退を決意された経緯を教えてください。

年齢や身体のコンディション、怪我の状況を考えた時、2022年のラグビーW杯が集大成になるかと考えていました。2020年の試合中に脳震盪を起こしたこともあり、その頃から漠然と引退を考え始めていたんです。

ー引退後の進路については、どのように考えられていたのですか?

「日本の女子ラグビーを世界一に導けるコーチになりたい」と考えていた時期があり、現役時代からコーチングの勉強をしていました。でもイギリスでプレーするようになってから、「単なる強化だけで世界を舞台に勝てるのか」「練習環境や選手の意識を変える必要がある」と考えはじめたんです。

いちラグビー選手として、競技発展のためにできることは何かを模索する中で、「引退後も支える立場としてラグビー界に貢献していきたい」と思いました。

—イギリスと日本との違いは、具体的にどういったところに感じられたのですか?

選手を取り巻く環境が違います。私自身、金銭的な補助も何もないなかで、いろいろなことを犠牲にしながらラグビーを続けてきましたし、そのような先輩方も見てきました。

女子ラグビー部がない学校に通っていたので、陸上部で活動しながら週末にラグビーをしていました。大学時代は居酒屋で週3回のアルバイトをして、お金を稼ぎながら競技を続けたこともあります。月1回の代表強化合宿には自費で参加していましたし、自分でお金を工面するのが当たり前でした。

「ラグビー=人生の全て」だという意識がどこかにあったんです。さまざまな犠牲を強いられる環境のなかで、メンタル面できつくなりやめていく選手もいましたし、仕事とのバランスに悩む選手もいます。人生をかけて続けているのに、なかなか結果が伴わない。競技の在り方として、健康的ではありませんよね。

一方で、イギリスの選手たちにとっては「ラグビー=人生の一部」だったんです。イギリスの選手たちは仕事もしっかりやっていましたし、友人や家族との時間など、何も犠牲にしていませんでした。

仕事とプライベートを両立しながらラグビーを楽しみ、毎週のようにハードな試合をこなす選手たちを見たときに、「どうしてこの人たちは幸せそうで、かつ質も強度も高いリーグでプレーできて、結果にも繋がっているんだろう」と思いました。

日本も現状を少しずつ変えていかないと、競技としてこのまま進歩していくのは厳しいなと感じました。最近はラグビーを応援してくださる企業も増えてきたりと、ようやく環境が整ってきました。それでも男子に比べたら女子ラグビーはマイナーで、男女によって給料も違います。どうすれば環境が良くなるのか、より多くの方に知っていただけるのかを考えて実行する必要があると思っています。

 

“WOMEN’S RUGBY COMMUNITY” から女子ラグビーを発展させる

—女子ラグビーへの課題意識があったなか、WOMEN’S RUGBY COMMUNITYを立ち上げた経緯を教えてください。

イギリスにいたとき、女子ラグビー選手を積極的に採用している凸版印刷株式会社さんに「女子ラグビー普及活動の一環としてひとつのプラットフォームを作りたいのですが、一緒に取り組ませていただけますか」とお声掛けさせていただいたんです。

同じタイミングで凸版印刷さんの社員でラグビーをしていた福島わさな(ふくしま・わさな)さんも「女子ラグビーのコミュニティを作りたい」と話していたそうで、二人の思いが合致してスタートすることになりました。

日本代表の小出深冬(こいで・みふゆ)選手にもご協力いただき、今の女子ラグビー界に必要なことについて議論を重ねていきました。

—具体的な活動としては、どういったことをされていますか?

現在は、情報発信を中心に行なっています。SNSでチームや選手の紹介をしたり、実際に女子ラグビー選手にインタビューをして記事を書いたり。女子ラグビーは発信が少なく、そもそも見られない状況が多かったんです。

 

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今後はもっと活動の幅を広げていきたいです。例えば、女の子同士でラグビーができない地域に行って、クリニックを開催したいです。女性プレイヤーが少ない地域では、男性と女性が合同でトレーニングしているんです。女の子だけでプレーした経験のない選手たちに、「女子ラグビー」を体験してもらう活動がしたいです。

また、以前LGBTQの性自認を持つ選手にインタビューをしたとき、「ラグビーが居場所になった」と話していました。女子ラグビー界にはLGBTQを公言する選手が多いので、多様性を認め合えるような場所づくりや、そのための話し合いの場を設けたいです。

あとは、女子選手との接し方について、指導者の意識を高める必要があると思っています。例えば生理などでつらいことを発言できない選手が多いと感じています。女子選手の身体について正しく理解して対応できる知識が必要です。

女性のコンディショニングについて専門的な知識を持っている現場のスタッフは、ほとんどいないと思います。セミナーや研修を通して、指導者や周りのスタッフが知ることも大事ですし、選手からも自分のコンディションを正確に伝えることも大事だと思います。

課題は山積みです。「女子ラグビーがどういう世界になったらいいか」を考えながら、実際に変えていきたいと思っています。

トップレベルの選手だからこそ、伝えられることがある。

—ご自身がアスリートとして、発信するうえで意識されていたことはありますか?

いちばん意識していたのは、自分自身の意見を大切にしながら発言することです。

海外のアスリートの中には、性差別問題や多様性に関する意見を積極的に発信する方々がいます。これはあまり日本にはない文化だと感じています。

トップレベルの選手には、積極的に発信をしてほしいです。トップレベルの選手だから言えることがあると思うんです。アスリートが起点となって、さらに社会をよくできると思っています。

—アスリートは影響力がありますし、社会課題にも上手くアプローチできる可能性がありますよね。

「アスリート自身が発信をする必要がある」と思わされたのは、コロナ禍によって当たり前にあった試合や練習ができなくなったときでした。

「スポーツは平和の上で成り立ってるんだ」とあらためて感じましたし、それと同時に、「自分たちにできることはなんだろう」「スポーツをやること以外に何が必要とされているんだろう」「アスリートの存在価値は何だろう」と考えたんです。

このままだと「女子ラグビーがなくなってしまう」という危機感も抱いています。スポーツの素晴らしさやラグビーの特性などを発信しながら、選手自らラグビーを価値のある競技へ変えなくてはいけないと思っています。これからのWOMEN’S RUGBY COMMUNITYの活動にも注目していただけると嬉しいです!

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