空手・清水希容「メンタルはめちゃ弱いです。でも…」敗北で見つけた“心の整え方”

東京オリンピック女子空手形銀メダリストで、全日本選手権7連覇を達成したミキハウス所属の清水希容(しみず・きよう)さんに、競技と向き合う中での心の整え方、月経や出産といった女性特有の悩みへの対処法などをお伺いしました。

空手の「形」とは、空手の技を一連の流れで正確に表現する競技で、攻撃と防御の動きをどれだけ表現し演じられるかが競われます。空手の「形」の世界で名を馳せる彼女は、国内最強との評価に留まらず国内外での成功を収め、数多くのファンを魅了しています。

清水さんの空手への出会いから現在に至るまでの軌跡、そして長いキャリアを通じて見えてきたものとはー。

「形」の魅力と見るべきポイント

―まずは、空手を始めたきっかけから教えてください。

ひとつ上の兄が通っている道場へよく見学に行っていました。子供ながらに、空手は男性が瓦割りや殴り合いをするような、ちょっと危険で怖いイメージがあったんです。

ただ、実際に見てみるといい意味で覆されました。女性が多くいらっしゃって、その方々の形を見て「かっこいいな」「キレイだな」と真逆の印象を受けました。そこから、自分もやりたいと思ったのが始まりです。

―始めてみていかがでしたか?

とにかく楽しかったです。小学校の頃は、全国大会とは無縁の世界で習い事の感覚で通っていました。先生に教わりながら先輩のやり方を真似して、できるようになる喜びを純粋に感じていましたね。中学以降は、競技としてストイックに打ち込んでいきました。

―形の魅力とは何でしょうか。

カタチも順番も決まっていますが、打つ人によって見え方が変わります。同じ人が打ったとしても感情や体調によって変化します。まったく同じ演武にならないところが魅力的だなと思います。

さらに、空手は日本発祥の武道であり、「なぜこの形を作ったのか」「この技はどういう意味なんだろう」「どのような攻防をして技を繰り広げているんだろう」等と考えながら、先代の方達が繋いできた歴史や奥深さを知ることがすごく面白いと感じています。

それを体現することは難しいですが、納得のいく演武ができた時の喜びはものすごく大きいんですね。そこがただのスポーツではない、伝統ある武道たる所以で、深堀りしがいのあるところも惹かれる理由です。

―形を知らない方もまだまだ多いと思うので、形の見るべきポイントを教えてください。

スピード感や力強さ、空気を切り裂くような独特な雰囲気を見ていただきたいなと思います。オリンピックに空手が採用されてからルール変更などがあって難しい部分もありますが、とりあえず細かいことは抜きにして、ぜひ会場に足を運んで見ていただきたいですね。映像では伝わらない迫力を肌で感じてほしいです。

空手を続けてこられた「原動力」と「心の整え方」

―2013年から2019年までに驚異の日本選手権7連勝を成し遂げられました。この偉業を達成されるまで、大変な道のりだったと思います。

そうですね。初優勝したのは、20歳になったばかりの頃でした。目指していた世界大会の選考会も兼ねている日本選手権だったので、振り返るとこれまでの中で一番空気が張り詰めていた大会だったと思います。

決勝の対戦相手が同じ道場の先輩だったというのも、緊張に拍車をかけましたね。絶対に勝ちたいという思いが強く、とんでもなくピリピリした空気のなか挑みました。

最初の数年は“連覇”について考えていませんでした。目の前のことにひとつずつ取り組んだ結果が優勝でしたね。

3回目くらいで初めて連覇を意識し始めて、負けることが怖くなりました。ずっと無敗だったので、「清水は勝って当たり前」と思われているのがしんどかったです。「次も勝てるかな」「勝たないといけない」という恐怖やプレッシャーと戦いながら、なんとか7連覇に繋げることができました。

―快挙の裏には極限に近い状態が続いていたんですね。どのように気持ちを奮い立たせていましたか?

実は、メンタルがすごく弱いんです。常に不安だし怖いし…舞台に立つのが嫌だと思う時期もありました。それでも続けてこられたのは、自分を支えてくれた人たち、私を応援してくれる人たちに恩返ししたいから。

自分の演武で元気が出たり、勇気が湧いたり、感動してほしいんです。そうした思いが私の原動力ですね。それがなければ、私は頑張ることができなかったと思います。

―応援してくれる人たちへの感謝の思いが、勝利への原動力だったんですね。いつ頃からメンタルが弱いと感じていましたか?

高校2年の時のインターハイですね。プレッシャーから足が震えて頭が真っ白になり、負けてしまったんです。高校に入学する時、親と「在学中に全国大会で優勝をしなければ空手を辞める」という約束をしていたので、「あと1年しかない」と窮地に追い込まれていました。

そこでメンタルに関する本を初めて手に取って、行動や考え方などあらゆることを変えていったんです。試行錯誤しながらですが、その結果次のインターハイで優勝することができました。

―引退のプレッシャーがかかった中で、優勝は素晴らしいですね。本を読んだ中で、心に響いた言葉は何ですか?

「不安を受け入れる」ですね。といっても最初は理解できず、違和感しかありませんでした。簡単なことではないし、受け入れたとしても何も変わらないと思っていたんです。ただ、「不安という感情は遺伝子レベルの問題だ」ということを学んでから捉え方が変わりました。

文明が栄える前は頻繁に戦いが起きていて、死が今よりもずっと身近にあり、危険と隣り合わせの環境でした。常に不安の感情が渦巻いていたと思います。そう考えると、たとえ解消法があったとしても、状況的に不安をゼロにするのは難しいのかもしれないと思ったんです。

時代は変わりましたが、アスリートは近しいところがあるなと。そこから、不安を受け入れるようになりました。恐怖や緊張感があるからこそ、良いパフォーマンスができると捉えられるようになったんです。漠然とした不安を抱えたまま臨むのではなく、不安の正体を具体的に把握する必要があるということも。

不安や緊張の対処法として、「言い切ること」を意識しています。「自分は優勝する!」って断言することで覚悟を決めるようにしています。これはアスリートあるあるですね(笑)。

「休むこと」への罪悪感を減らすために

―7連覇やオリンピックで銀メダルを獲得されたことで、メディアからもかなり注目されるようになりました。精神面への影響はいかがでしたか。

東京オリンピックの前後は、とても多く取材していただきました。期待に応えるために、「絶対に勝たなければいけない」と自分自身でプレッシャーをかけていたので当時は心が削られていましたね。

ただ、オリンピックを機にメディアに取り上げていただいたことで、空手の形を多くの方々に認知してもらえたことはとてもありがたいことでした。空手は組手の印象の方が強いので、形をご存知ない方が多かったと思うんです。

当時は「負けたら切腹」ぐらいのプレッシャーを感じていて辛いこともありましたが、振り返ると「注目してもらえることは幸せな悩みだったな」と思えています。

―プレッシャーはストレスが溜まってしまいますね。清水さんが取り組んでいる、ストレスの発散方法やリラックス法があれば教えてください。

自然が好きなので、学生の頃は大学帰りに川をボーッと眺めるなど、自然に触れるようにしていました。

あとは、母との会話をすごく大事にしています。空手は話題に出しませんが(笑)、私の話をよく聞いてくれるので気持ちが楽になりますね。

―身近にお話を聞いてくれる存在がいることは大きいですね。体のコンディションを維持するうえで大切にしていることはありますか?

週に1回、休日を作るようにしました。以前は休むことが苦手だったのですが、25歳を超えてから、疲労がとれづらいと感じるようになりました。ウォーミングアップをまともにしないで練習に入るというような、いわば若さで乗り切っていましたが、練習量が維持できなくなり回復も遅くなったんです。

昔は1日休めば元気になれたのに、今はそれでは足りません。休みを取らないと、思い切り力を発揮できないんです。学生の頃は試合の直前まで全力で追い込んで、試合に出場していましたが、今は試合の2、3週間ぐらい前から練習の強度を落としていかないと試合に照準を合わせられなくなりました。パフォーマンスを上げるために、ケアの時間もすごく増えましたね。

週1回や2週間に1回でも違いますよ。コンディションや体の使い方も変わってくるので、重要なことだと思ったほうがいいと思いますね。

ー鍛えるだけではなく、休むことも大事ですね。

休むことで体が楽になり、より集中できるようになりました。パフォーマンスアップの効果を感じ、休むことへの罪悪感がなくなりました。

罪悪感がなくなると、お休みの日も空手とは全く違うことをして楽しめるようになったんです。オンとオフを使い分けることで、心身がリフレッシュできるということがようやくわかりました。

―年齢による変化を受け入れられるようになったのは、どんなタイミングでしたか?

20代後半で大会に出た時です。思うように体が動かず、納得いくパフォーマンスができなかったことにショックを受けました。もうパワーだけではできないんだなと悟ったんです。

うまく抜く、引くということを覚えなければいけないと思いました。体力は衰えていきますが、技術は上げられるんです。テクニックで補いながら、体とうまく付き合っていこうと切り替えましたね。

―女性の体調と言うと切り離せないこととして月経があります。清水さんは、どのように向き合われていますか?

実は、嘔吐や震えがくるくらい生理が重かったんです。高校生の頃はそうでもなかったのですが、プレッシャーやストレスがかかると生理って酷くなるのか、年々辛くなりました。
裸足で競技をすることも、もしかしたら一因なのかもしれません。自分たちは全く気づかないのですが、床に足をつける衝撃で足裏の毛細血管が結構切れてしまうことがあるようで、貧血になりやすいそうです。そういったことや冷えが影響している可能性もあると思います。

競技に集中できるようピルを飲む選択をしてから、生理がすごく楽になりました。薬なので当初は抵抗がありましたが、生理による不調がほぼなくなったので、ピルを選んで正解だったと思っています。

また、食事でも生理による不調は軽減されると思います。油の多いものを食べすぎると症状がより重くなることもあると思うので、適量をバランスよく食べるというのは意識したいですね。

走り続けた先にあるものは? 今後の目標

―続いては、今後の空手界について伺います。現在は、国内よりも海外からの注目度が高いとのことですが、国内で認知を広めるために取り組んでいきたいことはありますか?

全国各地で演武を披露したいなと思っています。学校教育という観点から空手を広めていけるのではないかと。武道なので礼儀作法も身につきます。ちょっととっつきにくいイメージもありますので、それを払拭できるように子供達に体験してもらいたいですね。

あとは少子化に伴い空手だけでなく、スポーツ自体やる子が減っているので、空手を通して体を動かす楽しさを知ってもらえたら嬉しいです。

空手は服装も場所も選ばずできるんです。ほんの少しのスペースさえあれば基本的に動けるので、今の時代に合っているのではと思います。

―空手以外で何か挑戦してみたいことはありますか?

いろいろな国に行きたいですね。海外の方々の空手に対する価値観や考え方、向き合い方などを学びたいです。

―海外挑戦への思いも素敵ですね。では清水さんの今後の目標を教えてください。

約20年間、走り続けてきました。大会があるたびにひたすら鍛錬していたので、本当は手をつけたいけれどやらずに我慢していたことがいくつかあるんです。今はこれまでできなかったことを経験して、広い世界を見てみたいですね。空手以外にもさまざまなことを経験して、今後どういう空手をしたいのかを見極めたいと思っています。

いつかは指導者として子供達を教えたいですし、年齢を問わずいろいろな方々、それこそ他競技のアスリートの方々とも触れ合えるような活動をしていきたいと思っています。自分が役に立てる機会があればさまざまなことにチャレンジしたいですね。

―最後に、女性アスリートへメッセージをお願いします。

生理による体調不良で思うような成果が出なかったり、出産のために競技を断念せざるを得なかったり。女性アスリートは男性アスリートに比べて、どうしても制限がありますよね。それらと常に向き合わないといけないというのはとても大変です。

表彰台に立っても、降りた瞬間から既に次に向けての戦いが始まっているわけで、常に追われている感覚も私はしんどいと感じます。日々の練習やトレーニングも辛いことのほうが多いです。

それでも、女性ならではの輝ける瞬間が、どの競技においてもあると思うんです。空手の形では、女性だからこそ表現できる美しさがある。そして勝利の瞬間は、何ものにも代え難い喜びを味わえるのです。

それらを体験「する」「しない」では見える景色に雲泥の差があります。ひと度味わうと、苦しいことばかりの過程を含めてすごく素晴らしいと思えるようになるんです。

ですから、何事も努力することには価値があると思います。それに、競技をやってなかったらこんなに自分と向き合うこともないし、自分を変えようとか頑張ろうといった気持ちも湧いてこなかったと思うんです。

競技を続けるには大変なことが多いですが、みなさんには、集中できるものがあるというのはとても幸せなことだと思っていただきたいです。そういう貴重な時間を大切にしてほしいと思いますね。

―清水さんの新たなお姿を見られる日を楽しみにしています。貴重なお話をありがとうございました!

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