ママになってもサッカーを続けたい。瀬野有希が踏み出した新たな一歩

ちふれASエルフェン埼玉のMFとしてWEリーグで活躍中の瀬野有希(せの・ゆうき)選手。2022年2月(当時25歳)に一般男性との入籍を発表し、昨年末(当時27歳)には第一子の妊娠を公表するなど、大きなライフイベントを迎えながらも、現役続行への強い思いを持ち続けています。産後も選手としての道を選んだ瀬野選手に、決断に至るまでの迷いや葛藤、妊娠を知ったときの本音を伺いました。人生の選択に悩む全ての女性へ向けたアドバイスと合わせて、ぜひご一読ください。

サッカーも人生も諦めない。全てを叶える選択

ー2022年のご結婚から昨年末の妊娠公表と、大きなライフイベントが続いた印象です。選手としてキャリアを重ねるなかで、いつ頃から結婚や妊娠を意識されていたのでしょうか?

もともと「25歳くらいで結婚して、30歳までには出産する」というライフプランを描いていました。でもいざ結婚したものの、なかなか妊娠・出産には踏み切れなかったんです。気づけば1年、2年と、ただただ時間だけが過ぎていって、少しずつ焦りのようなものが大きくなっていきました。

ー妊娠や出産に対して、一歩踏み出せなかった理由をお聞かせいただけますか?

いろいろと迷いがありました。たとえば、30歳で引退すると決めても、そのときになって「まだプレーを続けたい」と思ったらどうしようとか、もし現役を続けるなら30歳までに子どもを持つという夢は諦めるのかとか。あとは、このタイミングで出産したとして、ちゃんとチームに戻れるのか、選手としてのキャリアはどうなるのか…。そんな不安が次々と湧いてきて、なかなか踏み出せずにいました。

ー葛藤や不安を感じつつも、妊娠・出産と現役続行の両立を選ばれたのはなぜですか?

サッカーか出産か、どちらか一方を選ばなきゃいけないと思っていましたが、ふと「両方を叶える方法はないだろうか」と考えたんです。そこで、早めに妊娠・出産をして復帰し、その後もプレーを続けられれば、どちらかを諦めなくても済むという結論に至りました。私自身、その方がこの先きっと後悔しないと思ったんです。

ー勇気のある決断だと思います。不安はありませんでしたか?

前もってクラブ側には相談をしており、サポートいただける環境があると分かっていたので、そこまで不安はなかったです。

だからといって、全くなかったわけではありません。怪我での離脱とは違い、できることがほとんどなく、今は走ることすら難しい状況。そして当然ですが、体型も大きく変わりました。たくさん食べているわけでもないのにどんどん体重が増えていて…。「産んだら元の体重に戻るのかな?」と、今から心配ですし、「そもそも本当に復帰できるのだろうか…」という不安も拭えません。

それでも、岩清水(梓)さんや大滝(麻未)さんのように、出産を経てピッチに戻られた選手もいます。どのくらい時間がかかるかはまだ分かりませんが、私もできるだけ早く復帰したいです。

ーお二人のキャリアが背中を押した部分もあるのでは?

岩清水さんと大滝さんの影響は本当に大きいです。お二人のおかげで「妊娠したら引退」というイメージが変わりました。それまでは、産んだらサッカー選手としてのキャリアは難しいと思っていたんです。でも、お二人が実際に道を切り開いてくださったおかげで、「選手を続けることもできるんだ」と勇気をもらえました。ただ、まだ女子サッカー界での前例は多くありません。自分がその道を少しでも広げられたらという思いもあって、今回の決断に至りました。

復帰した矢先の妊娠判明。戸惑いと不安がありつつも…

ー妊娠が分かったときの率直なお気持ちを教えてください。

正直、戸惑いました。膝のリハビリを終えてようやく練習に戻れた矢先の妊娠だったんです。待ち望んではいたものの、「今か…」という気持ちはありました。それに私にとっては初めての妊娠です。シーズン前に復帰できた嬉しさが一瞬で消えてしまうような、それくらいの不安が一気に押し寄せてきました。

ーそのタイミングでの引退は考えませんでしたか?

引退は全然頭になかったです。復帰したばかりだったので、そこでサッカーを辞めるという選択肢はありませんでした。もしこれが別のタイミングだったら、また違う答えだったかもしれません。その巡り合わせに感謝しつつ、今は前向きに頑張っています。

ー妊娠とサッカーの両立に関して、前例が少ないだけに情報収集が難しかったと思います。どこからアドバイスを得られましたか?

JISS(国立スポーツ科学センター)にはとてもお世話になっています。身体測定をしてもらったり、トレーニングのアドバイスをしていただいたり。妊娠中のトレーニング事例をもとに「この運動ならOK」「こういう症状が出たらストップ」といった明確な指示をもらえるのがありがたいです。それ以外だと、岩清水さんの著書『ぼくのママはプロサッカー選手』を読んで、自分なりに子育てとサッカーの両立をイメージしています。

ー現在はどのようなトレーニングを行っているのでしょうか?

今は練習日にグラウンドへ行って、ストレッチや自重トレーニングをする程度です。あとはウォーキングができない分、バイクで有酸素運動をしています。

安定期に入ったので体調が大きく崩れることはありませんが、体の変化もあって、できないことが少しずつ増えている感じです。メニューは用意されているものの、いざやってみて厳しそうなら無理はせず、今の体でできることを探り探りやっています。

ーピッチ外からチームの様子を見る機会が増えた今、これまでと違った気づきはありましたか?

中にいないからこそ分かることはあります。最近、新監督の就任で戦術や体制が大きく変わったのですが、外から見ていてもプラスの面が多いなと。ただ、その分、楽しそうな様子を見るたびに早く戻りたいという思いが強まりますし、同時に、「自分が復帰してうまく溶け込めるのだろうか?」という不安も出てきています。

ー子育てと現役生活の両立について、クラブ側とはどのようなコミュニケーションを取っていますか?

クラブとの話し合いはこれからです。保育園に預けるかどうか、子どもをグラウンドに連れてくるのはOKかどうか。クラブにとっても初めてのことなので、いろいろと相談しながら決めていきたいです。子育てとサッカー、うまく両立できるのか、少し不安な面もあるんですが、クラブの方々と協力してベストなやり方を見つけられたらいいなと思っています。

失敗を恐れることなく、後悔のない選択をしてほしい

ーWEリーグの発足により、女子サッカーへの注目度も高まっていると思いますが、チームとしての現状はいかがでしょうか?

Jリーグクラブの女子チームほど知名度は高くありませんし、観客動員数もまだ伸び悩んでいるのが現状です。それでも、実際にスタジアムに来てくださった方は皆さん笑顔で帰っていきますし、一度でも試合をご覧いただければ、その面白さや魅力を感じていただけるはずです。

さらにホームゲームでは、キッチンカーやイベントなど楽しい企画が盛りだくさん。そうした魅力をもっと多くの方に知っていただくためにも、地域活動にも力を入れていきたいです。

ーこれまでの地域活動で、印象に残っている取り組みを教えてください。

小学校で行ったサッカー教室が、とても印象深いです。選手の名前を知らなくても、子どもたちは「プロだ!すごい!」と目を輝かせてくれて、その姿に私たちも胸が弾みました。先生方から「こんなに喜ぶ子どもたちは初めて見ました」と言っていただけたのも本当に嬉しかったです。後日、その子どもたちがスタジアムに応援に来てくれたとき、あらためて地域の方々との繋がりの大切さを感じましたね。

チーム・選手が主体となって取り組むTSUDOI活動の一環として、小学校でのサッカー教室の様子

 

ー瀬野さんから見た、チームの魅力を教えてください。

明るく楽観的な人が多いのがこのチームの魅力です。ピッチ上では真剣にぶつかり合うこともありますが、そこを出れば「まあいいか」と前向きに切り替えられる人ばかり。そのポジティブさが自然とチームの雰囲気を作っていて、本当に居心地のいいクラブだなと感じます。

ー引退後も含め、今後の人生プランもお聞きしたいです。

35歳までには二人目の子どもが欲しいので、それまでは全力でプレーを続けるつもりです。引退後もできればサッカーに関わっていきたいので、今は指導者資格の取得に向け講習を受けています。本当は美容分野にも興味があるのですが、結局はサッカーからは離れられない気がしています(笑)。

ー最後に、キャリアや人生の選択に迷われているアスリートや女性へメッセージをお願いします。

私自身、まだ道半ばなのであまり偉そうなことは言えませんが…あえて言うなら、後悔のない選択をしてほしいです。私も何も分からないまま未知の世界へ飛び込んで、「なんとかなるだろう」という考えで進んできました。やりたいことがあるなら、どちらかを諦めるよりも、両方を叶える方法を探るほうが後悔が少ないと思います。例え失敗しても、「仕方ない」と受け止める余裕があれば、将来の自分も納得してくれるのではないでしょうか。前例がないのであれば、自分がその一番手になって道を開けばいいんです。それはアスリートに限らず、全ての女性に言えることで、そうやって示した新しい選択肢が、他の人を勇気づけることにもなるはず。皆さんの人生が、望む道へと繋がっていくことを願っています。

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