ハーバードから北欧へ…挫折から始まった海外挑戦を続ける理由。アイスホッケー佐野月咲

女子アイスホッケー選手として活動中の佐野月咲(さの・るなさ)さん。筑波大学附属中学校・高等学校を経て、米ハーバード大学に進学。2022年にはオーストリアでプロ選手としての活動を開始、現在はフィンランドでプレーしています。

学業と競技を高いレベルで両立させ、海外での挑戦を続けてきた佐野さん。現在は、異色のキャリアを活かし、noteでの発信活動や、海外を目指す学生やアスリートへのコンサルティング業にも取り組まれています。

そんな佐野選手に、海外でのプレーを選んだ背景や、これまでの経験によって得た学びについてお話いただきました。

勉強もホッケーも!自らの強みを生かしてハーバード大学へ

ーアイスホッケーを始めたきっかけを教えてください。

私は5歳の時にアイスホッケーを始めました。昔住んでいた東京都江戸川区に小さな区営のスケートリンクがあり、子供たちがアイスホッケーをやっているのを見て、この珍しいスポーツをやってみたいなと思ったことがきっかけです。逆に誰もやってなかったからこそ、やっていたら自慢できるかも!という気持ちで始めました(笑)。

ー高校1年で初めて年代別日本代表に選出されたものの、翌年にはメンバーから外れるという経験をされました。当時の心境をお聞かせいただけますか?

高校生の時に所属していたチームは国内トップを争うレベルで、日本代表選手も所属していました。その環境の中で、自分も代表やオリンピックを身近な目標として捉え、練習に励んでいたんです。

それまでは試合に出れなくて悔しい思いをすることはあっても、大きな挫折を経験したことはありませんでした。努力は報われると信じていただけに、結果が出なかった時は「これより上のレベルではやっていけないかも」と絶望的な気持ちになったことを覚えています。

<写真:本人提供>

ーそこからハーバード大学に進学して競技を継続されています。どうして海外でプレーすることを決断されたのですか?

もう諦めた方がいいのかもと迷う一方で、辞めることは考えられないぐらい「自分にはアイスホッケーしかない」という思いもありました。自分からアイスホッケーを取ったら何も残らなくなってしまう、と。

そんな時に父が「環境を変えてみたらもっといい結果が出るかもしれない。海外に行ってみたら?」と、新しいアイデアをくれたんです。同じ時期に母が、ハーバード大学のアイスホッケー部はアメリカやカナダの代表選手を多く輩出している強豪校だと教えてくれました。

それまで私は勉強とホッケーを両立させてきて、その二つを頑張ってきたことが強みだったんです。その強みを活かせる環境が向こうにあるかもしれない。そう思えたことが、海外を目指したきっかけですね。

ー進学するにあたって、まずは学業優先で取り組まれたのでしょうか?

いえ、学業だけでなくアイスホッケーにも全力で取り組んでいました。というのも私の場合、ハーバードに進学できても、アイスホッケー部に入部できなければ意味がありません。両方とも同じくらい大切で、どちらにも力を注いでいました。

でもなぜそこまで頑張らなければならなかったのか。ハーバード大学のアイスホッケー部は、NCAA1部に名を連ねる強豪チームです。早い段階からアメリカやカナダ代表の選手が推薦で入部を決めるような世界。その限られた入部枠に入るため、コーチにプレーのビデオを送ったり、実際アメリカに行ったりしてアピールを続けました。

「パワーの北米とテクニックの北欧」国ごとに異なるアイスホッケー

ー無事にハーバード大学のホッケー部に入部されました。進学して感じた実力差や違いはありましたか?

欧米人は日本人よりも体格が大きいので、フィジカルが強いなとまず感じました。チームには高校時代から活躍している選手ばかりで、スキルも高いしスピードも速いし、本当に学ぶことばかりでした。

ー北米と北欧、それぞれリーグの雰囲気に違いはありましたか?

フィンランドは小さな国ではありますが、世界ランキング3位のアイスホッケー強豪国です。国内での競技人気も高く、環境が整っている印象を受けました。ちなみに北米と北欧ではアイスホッケーのスタイルも全然違っています。北欧ではフィジカルの強さ以上にテクニカルで個人のスキルを重視したプレーが多く、今までとは少し違ったアイスホッケーを勉強することができました。

<写真提供:本人>

ー今年の夏にはカナダのモントリオールでプレーをされていました。どのような経緯で行くことになったのですか?

ハーバードでトップレベルのアイスホッケーを経験したことで、いつかまた北米に戻りたいと思うようになっていました。でも、現実は甘くありません。北米のアイスホッケーは競争が激しく、なかなかプレーの機会がない状況でした。

そんな中、夏にモントリオールで3対3のトーナメント戦が開催されると知ったんです。参加しているのはカナダ代表の選手や北米でプレーするプロ選手ばかり。北米ではオフシーズンになると、所属チームを離れて、出身地や以前プレーしていた場所で練習をするのが一般的なんです。

オフシーズンにも関わらず世界のトップ選手が男女問わず集まり、試合や練習を行っているなんて、とてもいい環境だなと。どうしても参加したいと、関係者の方を自ら探し、直接InstagramでDMを送り、参加させていただくことになりました。

ー今回プレーして印象に残っていることはありますか?

カナダ代表のキャプテンと一緒にプレーをしたことが印象に残っています。彼女の実力や練習への姿勢にはもちろん感動したのですが、何よりリーダーシップがあるなと感じました。

普段は人間味があって、ジョークを言ったり面白いことを言ってくれたりもするのですが、大事なところではしっかり場を引き締めてくれるんです。さらに誰かを傷つけたり犠牲にしたりすることはありません。自分が今まで思い描いていたリーダー像や理想像がアップデートされたと同時にトップレベルのチームを率いるためには、これほどの人格者でなければならないのかと感じました。

<写真提供:本人>

ー海外選手は日本人に比べメンタルが強いと耳にすることがあります。海外選手の方がメンタルが強いなと感じたことはありますか?

ありますね。海外選手の多くはミスをしてもくよくよせず気にしないんです。練習を心から楽しんでいるし、気持ちの切り替えがとにかく早い。大学生の頃の私は、「ミスしたのにこんなに明るくていいのかな?」と違和感すらありました。

というのも、私自身が周りの目をすごく気にするタイプで「今のプレーはどうだったかな」「このプレーで評価が下がるかな」と、いつも考え込んでいたんです。

でも大学を卒業して、少しずつ考え方にも変化がありました。ミスの有無ではなく自分が全力で挑戦したかどうか、これを基準にするようになって、周りの評価には左右されなくなりました。

今になってやっと、この考え方は自分の心を健康的に保ち、次のステップに進むためにもすごく大事なことだったんだなと理解することができました。

知らないことがこんなに…海外で得られた心の学び

ープロになって感じた難しさや課題はありますか?

最も苦労したのは、メンタルの部分です。チームスポーツなので、どれだけ自分の状態が良くても、最後は監督やコーチ次第。試合でどんな役割を任されるかは、選手の立場ではコントロールできません。

自分への評価が変わったと感じたり、使ってほしい場面で起用されなかったりと、もどかしさを感じることもしばしばあります。毎回一喜一憂していると気持ちがもたないなと感じました。

自分のモチベーションを保つためにも、「大好きなアイスホッケーをプレーできるこの瞬間を大切にしよう」「自分の全力を出し切ることにフォーカスしよう」と考えるようにしたんです。それによってアイスホッケーがもっと楽しくなりましたし、今までより柔軟にプレーできるようになったと思います。

ー海外挑戦したからこそ得られた経験があれば教えてください。

海外で生活すると、自分が今まで知らなかった価値観や文化を持つ人に出会うことができます。同じ時代に生きているのに、知らないことがこんなにあるんだと。その度に新しい学びを得て、少し人を思いやれるようになった感覚があります。

海外では人種や文化の差によって自分が傷つくこともありますが、痛みを知ることもすごく大切です。自分がその痛みを知ったからこそ、人の痛みを理解して誰かの支えになれる。この経験を生かして社会に貢献していきたいですね。

ー海外挑戦を続けることができている理由はなんですか?

理由はいくつかあって、一つは、自分の夢を叶えるために必要な道が、たまたま海外だったということ。

もう一つは、前例のない挑戦にワクワクする性格であること。他の人がやっていないからこそ、失敗しても大丈夫とプレッシャーがなく挑戦できるのかもしれません。

そして何より、海外での挑戦を通じて成長できているという実感があります。自信をつけて活躍していくために、負荷を掛けてチャレンジしたいなと。チャンスのある今のうちに海外で頑張りたいと思っています。

<写真提供:本人>

私はアイスホッケーを通じていろんな人と出会うことができたし、忘れられない経験をたくさん積むことができました。競技を通じて見える景色が、本当に特別なものだと感じられるから、ここまで続けられているのだと思います。

アイスホッケーの魅力はなんといってもコンタクトスポーツであること。女子でもこんなに展開が早くて、力強く、面白いんだと思っていただけると思うので、ぜひ興味を持っていただけると嬉しいです!

RELATED

PICK UP

NEW