「サッカーが嫌いになった」私が、今だから選手に伝えたいこと。大島香歩のリブランディングとPROUDERSの繋がり
オーストラリアNPLWリーグ優勝で、初めて心の底から「誇らしい」と感じたと話すのは、元サッカー選手で、現在はPROUDERS合同会社CEOを務める大島香歩さん。日本、チェコ、オーストラリアと渡り歩いた彼女のキャリアは、自身の「誇り」を探す旅でもありました。彼女は、なぜ引退後に起業し、選手の「個」と「ストーリー」を輝かせるサポートを行うのか。葛藤を乗り越え見つけた答え、そして次世代の選手たちへ繋ぎたいPROUDERSでの新たな挑戦について伺いました。
目次
人生の中にサッカーがある。葛藤を越え海外で見つけた答え
ー大学卒業後にサッカー選手としてのキャリアをスタートされた後、どのような経緯や想いから海外挑戦を決意されたのでしょうか?
日本でプレーしていた頃は、どこか「サッカーが人生の全て」という感覚にとらわれていました。特に社会人になってからは「勝たなくてはいけない」というプレッシャーも強く、純粋にサッカーを楽しめなかった時期もあって。このまま続けていいのかな?と悩むことも多かったんです。
そうした状況を変えるきっかけとなったのが、チームメイトである外国人選手の存在でした。彼女たちの自由なプレースタイルや、サッカーを心から楽しむ姿を間近で見て、「自分も環境を変えて、もっと広い世界を見てみたい」と感じ、海外挑戦を決めました。
ー海外でプレーする中で、日本との違いを感じた点やご自身の考え方が大きく変わった点があれば教えてください。
最も大きな違いを感じたのは、「人生の中にサッカーがある」という価値観です。サッカーはあくまで人生の一部であり、全てではない。そんな考え方が根付いていたと思います。この価値観に触れたことで、日本で感じていたプレッシャーから解放され、「好きだからプレーしているんだ」という純粋な気持ちを取り戻すことができました。
ー2023年にはオーストラリアのNPLWリーグ優勝を経験されました。この特別な経験が、後の引退やPROUDERS設立にどのような影響を与えましたか?
NPLWリーグ優勝は、キャリアで初めて心の底から「誇らしい」と感じられた、本当に特別な瞬間でした。「やっとたどり着いた!」という喜びや安堵感と共に、「こういうことか!」と腑に落ちたのを覚えています。その瞬間に、選手としてもう悔いはないと強く感じました。
本当はあと2、3年はプレーするつもりでいたのですが、優勝による達成感からか、ここで区切りをつけ次のステージに進もうと、自分でも驚くほど自然に迷いなく決断できたんです。そして、自分が経験した素晴らしい感覚や価値観を、今度は日本の若い選手たちに伝えていきたい、そのための場を作りたい。そんな強い想いがPROUDERS設立に繋がりました。
「誇り」の本当の意味。オーストラリアで知った言葉の力と文化
ー先ほどのお話にあった「誇り」への気づきは、オーストラリアでの環境も影響しましたか?
それも大きかったです。オーストラリアでは「proud of you」といった言葉が、日常会話で本当に飛び交っているんです。相手に対して「誇らしい」と自然に言える文化がすごいなと。日本にいた頃は「誇らしい」なんて言葉、意識したことすらなかったです。対してオーストラリアでは、チャレンジしたことに対して、たとえ結果が出なくても「I’m proud of you」と心から言ってくれる。そういった文化に触れて「誇らしい」という言葉の良さを知り、「もし日本にもこの感覚があれば、違う気持ちでプレーできただろうな」とも思いましたね。
ー海外では、チェコで1年、オーストラリアで4年プレーされましたが、両国の女子サッカーの環境に違いはありましたか?
基本的な練習環境、例えば芝生のグラウンドでプレーできることや、クラブハウスの有無といった点では、大きな差はなかったです。むしろ、日本ではまだ土のグラウンドが多く、芝を使える時間が限られていること、クラブハウスがあるチームも少ない現状を考えると、日本の方が環境面でまだ課題があると感じます。ただ、選手のマインドとしては、チェコもオーストラリアも「自分の人生があって、その中でサッカーを楽しむ」というスタンスが当たり前でした。女子サッカーを取り巻く文化としては、どちらも良い環境だったと思います。
ーチェコやオーストラリアのチームの選手は、全員プロとして活動されているのでしょうか?
全員がプロというわけではありません。例えば、教師をしながらプレーする選手もいました。日本では難しいかもしれませんが、海外ではクラブから報酬を得ながらサッカーに取り組み、それと同時に自分のやりたいこともできる環境があったんです。私もオーストラリアでは、選手をしながらカフェ店員として働いていました。
経験を次世代へ繋ぐ。PROUDERS設立に込めた想い
ー現在、PROUDERSでは具体的にどのような活動に力を入れていますか?
現在注力しているのは、今年の夏に実施予定のオーストラリア留学プログラム「WPT(World PROUDERS Team)」です。これは選手が「誇れる自分」と出会うことを目的とした、短期の海外サッカー留学です。現地では語学学習や現地コミュニティとの交流などを通して、サッカー以外の様々な世界にも触れてもらうための多様なプロジェクトを準備しています。
一方で、様々な理由で海外へ行くのが難しい選手には、私が指導者として、リブランディングトレーニングを行う予定です。リブランディングトレーニングは、「自分を誇りに想うことで価値(個性) に気づき、1→∞の魅力を引き出すトレーニング」です。特に、「プラウド」という要素を主軸とすることで、自分を誇りに想い、サッカーの楽しさと仲間をリスペクトすることで人としての成長と学びへと繋がります。将来的に海外へ挑戦できるよう、しっかりと後押ししていきたいと考えています。
ーWPTとリブランディングトレーニングとの棲み分けについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
この2つは、ある意味「世界に行くか、世界が来るか」の違いだと捉えています。選手が「世界に行く」挑戦がWPT、私自身が選手やチームの元へ「行く」のがリブランディングトレーニング。具体的には、WPTは18歳以上を対象とし、リブランディングトレーニングではそれ以外の選手や様々な理由で渡航が難しい選手やチームのサポートをする、という形をとっています。根底には、年齢や金銭的な理由でキャリアを諦めてほしくない、全員に可能性を提供したいという強い想いがあります。
ーWPTの留学期間と、その意義について教えてください。
留学期間は現在1週間程度で考えています。もちろん期間の長さも大切ですが、それ以上に「一歩踏み出すか、踏み出さないか」。この差は本当に大きいと感じています。日本の環境しか知らない選手にとって、たとえ短くても、世界に触れることは視野を広げる大きなきっかけとなると確信しています。
魅せ方が未来を変える。選手はグラウンドのアーティスト
ーPROUDERSでの活動やご自身の経験も踏まえ、現在の日本の女子サッカー界について、課題だと感じている点や、変えていきたい部分があれば教えてください。
サッカーは単に見るものではなく、魅せるものでもあるという認識をもっと広めたいです。私にとってサッカーは総合芸術であり、グラウンドは舞台、選手はアーティスト。選手一人ひとりがその舞台でどう自分を表現するかが、観客の心を動かし、見方を変える力を持っていると信じています。
ただ、現状ではその「魅せ方」、つまり魅力を効果的に「伝える」部分に課題があると感じています。素晴らしい魅力がありながら、「伝えきれていない」「伝え方がわからない」ために、選手自身が価値を過小評価してしまっているケースも少なくないと感じます。PROUDERSでの活動を通じて、もっとクリエイティブなアプローチで、多くの価値を提供していきたいです。
ー日本の若い選手たちをサポートされる中で、彼女たちの強みと、今後の成長で特に期待することはどんなところでしょうか?
一番の強みは、やはり謙虚さでしょうか。それは日本人としての美点であり、海外でも評価される誇らしい部分です。
一方で、今後の成長という点では、もっと自信を持って、自分の意志で未来を切り拓く強さも身につけてほしいですね。自己肯定感を高め、自己決定力を養っていくことが大切だと感じています。彼女たちは素晴らしい能力を持っていますし、競技に打ち込んでいること自体が本当に素晴らしい。その価値を選手自身が自覚し、さらに輝けるよう、後押ししていきたいと考えています。
「個」の魅力をストーリーに。選手と紡ぐ唯一無二の物語
ー日本の選手は、ご自身の考えや活動を発信することに、まだ難しさを感じている部分があるのでしょうか?
そうですね、難しさを感じている選手は少なくないと思います。「伝え方がわからない」という声も聞きますし、批判を恐れてしまう部分もあるはずです。だからこそ、PROUDERSでは選手のストーリー作りをサポートし、誰に何を届けたいのか、その本質から一緒に考えていきたいです。
ーPROUDERSとして、選手一人ひとりの「個」やストーリーを輝かせることが、応援に繋がるということですね。
まさにそうです。やはり「個」のストーリーは面白いですし、その選手がどういった人間なのか、背景や人となりが伝わるからこそ、応援したくなるもの。それに誇りに思えるストーリーは、誰にだって必ずあります。だからこそ、人生に一度、PROUDERSに出会ってほしいですね。それが私の願いです。PROUDERSが、選手たちが自分自身の点と点を繋ぎ、ストーリーとして人生を描いていけるような、そんな温かい居場所でありたいと願っています。
ー最後に、各競技で挑戦を続けるアスリートの皆さんへメッセージをお願いします。
他の誰でもない「自分らしさ」をどんな時も忘れないでいてほしいですね。皆さんが今、挑戦していること、それ自体が本当に誇らしいことなのだと伝えたい。だから、私自身にかける言葉はいつも「I’m proud of myself(自分を誇りに想う)」。そして皆さんにかける言葉は「I’m proud of you(あなたのことを誇りに想う)」。この先もずっと、この言葉を多くのアスリートに届けたいです。