女性ドライバーに求めたい、アスリートの意識。関谷夫妻がKYOJO CUPを立ち上げた理由
「女性ドライバーが、“女子アスリート”として活躍できる環境を」
2017年に日本初の女性ドライバー限定のプロレースシリーズとして誕生し、今年で7シーズン目を迎える『KYOJO CUP』。元レーシングドライバーの関谷正徳(せきや・まさのり)さんが発案し、妻として長年モータースポーツ界を見てきた関谷葉子(せきや・ようこ)さんと共に立ち上げました。
モータースポーツは、車の性能や能力が注目されがちです。でも今後の発展には、ドライバーがアスリートとして認識され、選手に注目が集まることが欠かせません。さらに男女での身体能力差が際立つスポーツだからこそ、女性だけで競う環境が不可欠です。
モータースポーツ界の現状やこれからの展望、アスリートとして競技に挑むドライバーの姿について、KYOJO CUPディレクターの関谷葉子さんへお伺いしました。
車ではなく、女性が主役のモータースポーツへ
ーまずは、モータースポーツ界に長く携わっているお二人が感じる課題についてお聞かせください。
レースでは車の性能が注目されがちで、ドライバーがどれほどトレーニングを重ねて、複雑な車体を扱っている「アスリート」なのかが見ている人たちに伝わりにくいと思います。
一般的に、30代の健康な方の最大心拍数は1分間で190回と言われていますが、レーシングドライバーはその数値に近い状態で、動体視力や集中力をフルに使いながら車を操作しています。そのような体力的に過酷な状況で運転しているということはあまり知られていないのではないでしょうか。
ー夫の関谷(正徳)さんは、インタープロトシリーズ(※)を立ち上げるなど、ドライバーのアスリートとしての側面を重要視されていますよね。
※選手全員が、専用に開発された単一の車両を使うことで道具の差をなくし、年齢や経験に関係なく、ドライビングスキルによってのみ左右される真っ向からの勝負に挑むレース
関谷が作り出した「ドライビングアスリート」という言葉にもある通り、モータースポーツを人が主役のスポーツとして見せていくことも必要だと考えています。車を操るレーシングドライバーは、ドライビングスキルのあるアスリートなのだと。
ドライバーが主役として映りにくい要因のひとつとして、関谷は「今までのドライバー(自分たち)が車重視の発信をしてきてしまったことにもある」と言っています。試合に負けたら、「タイヤが悪かった」「マシントラブルがあった」と言い訳をしてきてしまった。
でも、スポーツとして振り返ったときに許されるのか、と。サッカーや野球で負けたときに「ボールやバットが悪かった」と言い訳はしないですよね。選手自身の技術的・身体的・精神的な部分を分析するはずです。
さらに、スポーツの魅力は「人の頑張っている姿が見えること」だと思っています。そこに感動が生まれて皆が夢中になるんだと、先日のWBCでもあらためて感じました。ドライバーの能力に憧れ、レースに感動する。そういった世界に変わっていく必要があります。
ーレーシングドライバーに焦点を当てようといった動きの中で、2017年に女性ドライバー限定のプロレースとして『KYOJO CUP』が誕生しました。(KYOJOは競争女子の略)
身体能力が大きく関わる競技なので、当然そこには男女差があります。しかし、これまでの女性レーサーは男性レーサーに紛れて大会に参加していました。もちろん表立って身体能力を言い訳にすることはありません。
そんな状況に対して「モータースポーツ界は、女性がアスリートとして活躍できる場所になっているのか」と思ったんです。どんなスポーツでも、男性と女性は闘うステージが分けられているのに、モータースポーツには女性同士で競い合う場所がないと。「女子選手が身体的、体力的に自信をもってドライビングスキルを競い合える環境を整えるべきだと『KYOJO CUP』を立ち上げました。
車の性能の限界まで引き出す。レーサーに必要な力
ードライバーは、具体的にどのような身体能力が必要なのでしょうか?
例えば、ブレーキングに必要な筋力です。どの位置までアクセル全開で走行して、どこでフルブレーキングし、ハンドルを切るのかがレースのタイムに大きく影響します。「SUPER GT」というレースだと、時速200〜300kmものスピードを出す1トン近くある車を自分の体で操ることになります。一気に時速60km程度まで落とすために、ブレーキを踏む足の力(踏力)が必要です。
カーブ時にかかる重力に耐える筋力も不可欠です。首の力、腹筋と背筋、体幹を使って、ものすごい遠心力がかかった状態でハンドルを数ミリ単位で操らなければなりません。
あとは、心拍数180の状態に耐え続ける心肺能力、反射神経と集中力、的確に状況を伝えるコメント力も必要です。レーシングカーの性能を限界まで使って競うスポーツなので、メンタルの強さや冷静さも関わってきます。
ー筋力トレーニングと実際に車に乗る練習時間は、どのくらいの比率なのでしょうか?
レースは筋力トレーニングだけで勝てるスポーツではありません。アスリートとしての身体能力は勿論の事、ドライビングスキルに加えてメカニカルな知識、そして体で車の状況を感じ取る感覚能力、レースを組み立てながら限界を攻める思考力、判断能力などを兼ね備えていなくては勝てません。
ただ、サーキットという場所でレーシングカーを用意しないと練習ができない特異なスポーツでもあるので、しょっちゅう車を使って走るという訳に行かないのがこのスポーツです。
女性レーサー達はフィジカルトレーニングをしていますが、とにかく筋肉をつければいいというわけではありません。筋肉をつけすぎると体重が重くなってしまい、タイムに影響してしまうからです。体幹の強化と筋肉量のバランスをとりながら、トレーニングをしています。しなやかな筋肉をもった選手が多いですね。
最近では、レーシングシミュレーターでのトレーニングやレーシングカートでの練習も必須のアイテムになってきています。ただ、まだプロのレーサーとして一本立ちできているドライバーはあまりいないので、彼女たちは仕事を持ちながらレースに向けたトレーニングの時間を捻出しています。
運営にも、女子目線を取り入れていく
ー『KYOJO CUP』をはじめて開催したときは、新たなチャレンジだったかと思います。
当時は、女性ドライバー自身が抵抗感を示すことがありました。「男性と戦って勝ちたい」と考える選手もいて、「女性ドライバーとして」やっていくことが浸透しづらかったです。
回を重ねるごとに、選手の意識も変わっていき、女子選手同士で切磋琢磨する環境ができてきました。性別による身体的な能力差は言い訳にできなくなり、全体としてレベルアップに繋がったと感じています。
ー女子アスリートとして生きていく居場所ができたんですね。
女子アスリートとして魅せる場所がなかったんですよね。女子だけの環境を作ることで、初めて「こんなに上手いドライバーがいるんだ」と、選手が表舞台に出てくるようになりました。
この6年間で、ただ女子がレースをしているという目新しさだけでなく、男性のレースに引けを取らない迫力ある勝負を繰り広げられるようになったと思います。ようやく、「感動するので、ぜひ見にきてください」と胸を張って言えるようになりました。
ーモータースポーツは、どういったところで競技と出会う方が多いのでしょうか?
レースを見に来ていて自分も走りたいというようになった子や、小さいころからレーシングカートを始めていて4輪にステップアップしてくる方が多いです。あとは、eスポーツがきっかけになるケースも増えていますね。
KYOJO CUPを始めて、「レースに出てみたいんです」と相談いただくことが多くなりました。サーキットを走行しレースに出場するためのライセンスを取得しなければいけないので、そこもサポートしていきたいと思っています。先日、興味を持っている方を対象に『KYOJO CUP』の選考会を開催して、富士スピードウェイでKYOJO CUPのレーシングカーに乗ってみてもらいました。そこから成長する可能性がある選手を選んで、レースに出るまでをサポートする予定です。
ーその一方で、かなりお金のかかるスポーツですよね。
KYOJO CUPでは、基本的にレーシングカーはオーナーから借りて使用します。メンテナンス費用は自分で支払う場合が多いので、スポンサーを募る活動をしている選手がほとんどです。今後はインストラクターの仕事をしながら選手として取り組めるようにするなど、競技の中で稼げる形を作っていきたいと思っています。
KYOJO CUP全体としても、「FiNANCiE」というプラットホームで、スポーツトークンを活用した資金調達を行なったり、KYOJO CUPのビジョンに共感してくださったファンのみなさんや選手たちと共にコミュニティを運用しています。今年からはより選手にフォーカスした取り組みを行なっていくので、ぜひそちらもチェックしていただけたら嬉しいです。
<FiNANCiEのKYOJO CUPコミュニティはこちら>
ー最後に、女子モータースポーツ界への展望をお聞かせください。
繰り返しになりますが、まずは女性ドライバーに「自分はドライビングアスリートなんだ」という意識をもって活動してほしいなと思います。
同時に、業界内外で彼女たちがアスリートとして受け入れられるようになっていけば嬉しいです。残念ながら、「女のくせに」「そこまで本気ではないでしょう」と捉えられることがまだあります。そういったハラスメントをなくし、向き合っていくことも重要です。
運営も、どうしても男性目線で進んでいってしまうことが多々あります。女性のことを考えようとしても、感覚が異なるケースも見てきました。だからこそ、運営側も、女性が積極的に関わっていく必要があると感じています。
女子選手たちには、これからは「一緒にモータースポーツ界を変えていきましょう」と伝えています。「日本のモータースポーツ界で、女子レースのパイオニアになろう」と。
そのためには選手自身が成長しなければいけませんし、社会に通用する大会として仕組みを確立していく必要があると思っています。女性のエンパワーメントでモータースポーツの世界を活性化していく、それが一番の目的です。