「日本最速のタレントへ」陸上・北川星瑠。疲労骨折、無月経からの逆転ストーリー

今年2023年7月、中国・成都で開催された「FISUワールドユニバーシティゲームズ」のハーフマラソンで、見事1位に輝いた北川星瑠(きたがわ・ひかる)さん。今年は「第26回日本学生女子ハーフマラソン選手権」や「関西インカレ」の5000mと10000mでも優勝を果たすなど、日本が誇る学生トップランナーとして確固たる地位を築いています。

その一方で、2023年7月に松竹芸能への所属を発表。タレント、俳優としての活躍も注目されています。「日本最速のタレント」を目指す異色のアスリート・北川さんに、二刀流への思いや競技との向き合い方、陸上の魅力について伺いました。

陸上に出逢い、自分を伸ばせる場所を知った

―陸上を始めたきっかけを教えてください。

本格的に陸上を始めたのは高校に入学してからです。中学時代はバドミントン部に所属していました。中3の時に、陸上部の顧問の先生から「春季大会に出てみないか?」と声をかけていただき、その大会で優勝できたことが陸上を始めようと思ったきっかけです。

バドミントン部で走り込みはよくやっていましたし、過去には部で参加した駅伝大会のメンバーに選ばれたこともあり、校内では走れる方だと思っていました。ですが、まさか優勝できるとは思っていませんでした。もしかして私は走ることに向いているのかな、もっと上を目指せるのかな、と大会に参加して思うようになりました。

―それは、「楽しい」という感情だったのでしょうか。

というよりも、新しい自分を発見できた「喜び」だったと思います。得意なことがあるわけでもなかったので、そんな私にも自分を伸ばせる場所があると知り、嬉しかったですね。

ー陸上を始めてすぐに世界を目指したのでしょうか?

高校時代はインターハイ出場止まりで、入賞に届くレベルではありませんでした。それもあって、大学では「全国で戦える選手になって、絶対に表彰台に立つ」という目標を掲げていたんです。

でも、監督から「星瑠なら世界を目指せるよ」と言われ、そこから少しずつ世界を意識するようになりました。監督が考えた練習メニューをこなしていく内に、タイムが着実に伸びていき、世界で戦える自信がつきました。

―そこから実績を重ねられて、「FISUワールドユニバーシティゲームズ」のハーフマラソンで優勝されました。

日本代表になったことで、プレッシャーを感じ、大会当日もすごく苦しかったです。レース後半では他の選手に抜かれ、正直なところ1位は無理かもしれないと思いました。

ですが、「絶対に金メダルを獲る」という気持ちをずっと持ち続けて、無事優勝できました。この経験は、自分の中では大きな一歩でしたし、このレースによってひと回り成長できたと感じています。ゴールテープを切った瞬間の胸の高まりは、一生忘れられません。

頑張ってきたことが報われたというか、今までやってきたことが間違いではなかったと証明された感じがしてすごく嬉しかったです。両親も監督も現地で泣いて喜んでくれたのを見て、私を支えてくださっている方々の思いに、少しは応えられたかなと思います。

選手とタレント、二刀流を志した理由

―陸上と芸能活動、両方頑張ろうと思った理由を教えてください。

もともと幼稚園の頃に子役をやっていました。ですが、オーディションに落ちることが多くてこの世界は甘くないと感じ、一度諦めた過去があるんです。でも、心のどこかでやっぱり挑戦したいという気持ちがずっとありました。

その思いを頭の片隅に残しつつ、先述したように陸上という自分にできるものが見つかり、その成果を認められ、高校進学もできました。

それらを踏まえて大学進学の際に、将来、本当に自分のやりたいことは何なのかを自問自答したんです。そして、陸上を武器にタレント活動をしていきたいという答えに辿り着きました。

であれば、どちらも伸ばしていこうと大阪芸術大学舞台芸術学科に入学しました。陸上をしながら、演技やダンス、歌などを学ぶことで、将来のタレント活動に繋げられたらいいと考えて決めましたね。

―芸能活動が陸上競技に良い影響を与えている部分はありますか?

テレビなどのタレント活動を通して、私のことを応援してくださる方々が増えたことです。陸上競技は苦しい場面が多いので、背中を押してくれる方々の存在や言葉がとても心強いんです。みなさんが応援してくれるからこそさらに頑張ることができるので、そういった部分が競技に活きていると感じています。

―SNSでもよく発信をされていますね。伝える時に大切にしていることは何ですか?

Xやライブ配信では、自分の競技や芸能活動のことだけではなく、その日の出来事やプライベートについても発信しています。ライブ配信では、いただいた質問の回答などもしていますね。

陸上に興味がある方もいれば、私の配信が好きで見てくださる方もいるので、陸上に限らずいろいろなテーマでの発信を心がけています。

ライブ配信のリスナーさんが、遠方から足を運んで応援しに来てくださることもあり、とても嬉しく励みになりますね。

ー多くの方々に知ってほしい、陸上の魅力や面白さを教えてください。

陸上はコンマ1秒を争う競技であり、誰が勝つかわからない、ランキング通りにいかないのが魅力だと思います。

レース状況により、揺さぶりや駆け引きがあり、タイムを持っている選手でも結果は下位になったり、強い選手が勝てないことが普通にあるんです。簡単に勝敗を予想できないところが陸上の面白さだと思います。

試合前に「絶対しないこと」と「必ず行うルーティーン」

―試合前や試合中、メンタル面で気をつけていることがあれば教えてください。

自分をあまり追い込まないようにしています。その結果、メンタルを良い状態で保てるようになりました。高校までは部員の中で一番の緊張しいでした。表情にも出るので、周りからすごく心配されるくらい緊張していたんです。

今でも、試合の1週間くらい前に「勝たなきゃいけない」と自分を追い詰めてしまうこともありますが、あえて何も考えないようにしています。試合のスタート時間や他の選手の情報もギリギリまで把握しません。余計な情報を入れないようにして、考えない環境を自分で整えています。

逆にチェックするのは、自分の走りが良かったレースです。私はこういうふうに走れるんだと言い聞かせています。ただ、「自分はできる」という適度な自信を持ちつつも、自分に期待しすぎてはダメだとも思っています。そのあたりをうまくコントロールしながら、スタートラインに立っていますね。

―タレント活動もあり、練習時間が限られていると思いますが、練習の質を高めるために意識されていることはありますか?

日によって練習の強度をコントロールしています。仕事のない日は、練習メニューに何かをプラスするなどしっかり追い込み、忙しい時は、必要最低限のメニューだけをこなすにとどめて自制しています。これができるようになったのは大学2年の頃からで、それまでは練習をやらないことで焦りを感じていました。

転機だったのは、疲労骨折で苦しんだ大学1年の時です。ほぼ同時期に飲み始めた無月経の治療薬が合わずに体型が変化し、走ることが辛くなってしまったんです。

監督とも相談して、休むときは休もうと割り切ることに決めました。今までは、練習を半日休んだら、そのぶんを次の日にやらなければいけないと思い込んでいました。ですがその考え方をやめたことで、休んだからこそ次頑張ろうと、練習へのモチベーションが高まったんです。しんどいときは休むことも大事なんだと気づきました。

―無月経はいつ頃からだったのでしょうか。

疲労骨折をしたタイミングで、ずっと生理が来なくなり監督に相談しました。病院へ行くよう勧められて、先輩からスポーツドクターがいる産婦人科を紹介してもらい、受診したんです。ところが、処方していただいた薬が本当に合わなくて…。

疲労骨折中にその薬を飲み始めたのですが、体重の増加によって体が重くなり、思うように走れなくなったんです。筋肉もだいぶ落ちてしまい、元に戻すのに半年以上もかかりました。その時期はかなり苦しかったですね。今は自分に合う薬が見つかりました。生理中は多少、体が重く感じることはありますが、普通に走れています。

ー無月経は、骨密度を低下させるとも言われていますよね。

今回の疲労骨折が無月経の影響によるものかはわかりませんが、怪我をしないようにするためにも、生理はきちんとこさせた方がいいと思います。チームにも、同じように無月経や生理の重い選手がいますが、通院している人が多いですね。

選手を続けたいなら今すぐ捨てた方がいい「勝利への考え方」

―今後の目標や挑戦してみたいことをお聞かせください。

今年は世界大会で優勝することができました。表彰台に上った時に受けた歓声や、そこから広がっていた景色は今も鮮明に覚えていますし、私にとってかけがえのない経験だったと思います。この大会を経て、再び世界を目指したいという気持ちが強くなりました。オリンピック、世界選手権、アジア大会など、日本代表のユニフォームをもう一度着ることが新たな目標です。

タレント活動ではスポーツに関連したお仕事のほか、大学で学んでいることを活かして演技にもチャレンジしたいです。バラエティ番組に出られるくらいの話術も身につけたいです!

―高校から陸上を始めて世界のトップに立たれたストーリーや、2つの夢を追いかける姿は、現役の女性アスリートの心に響くものがあると思います。最後に、メッセージをお願いします。

選手を続けていく限り、負けることや納得のいかないことにたくさん遭遇すると思います。タイムなど自分を厳しく課すことも、どんどん増えていくでしょう。

そのうえで、私がすごく思うのは「勝つことだけが大切ではない」ということです。負けることでしか学べないこともありますし、大切なのは、その経験を勝利に変えていくことだと思っています。自分を追い詰めすぎず、一緒に高みを目指していきましょう。

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