元マラソン日本代表・加納由理が語る、女子陸上の体重管理。「純粋に競技を楽しんで欲しい」
元マラソン日本代表の加納由理(かのう・ゆり)さんは、2009ベルリン世界選手権女子マラソン日本代表7位、香港アジア大会競技大会ハーフマラソンで銀メダルなど国内外で数々の成績を収めています。2014年に現役を引退し、現在は「生涯ランナー」をモットーにランニングスクールを行いながら学校やスポーツ団体に向けた講演など教育活動も行なっています。
ご自身のSNSで「加納、後輩のために動きます!」と題し、繰り返されるレース中の怪我や体重管理の間違った認識について問題提起しています。
特に女子陸上長距離において問題視されているのが、選手の無理な食事制限による怪我です。指導者のあり方や選手との信頼関係、体重管理による身体の不調や精神面への悪影響など、ご自身の経験についてお話を伺いました。
(聞き手:竹村幸、文:泊志穂)
学生時代は「常に周りの顔色を伺っていた」
ー加納さんは女子長距離界が抱える問題点について積極的にSNSで発信されていますよね。あらためて、具体的にどのような課題があるのかを教えてください。
ひとつは、競技を嫌いになって辞めてしまう選手が多いことです。好きで始めた競技なのに途中で辞めてしまうのは、残念だなと思うんです。
周囲とコミュニケーションが上手く取れていないからこそ、怪我に繋がっているケースもあるのではないかと。
ー加納さん自身、周囲との関係性はどうでしたか?
高校時代はいつも周りの目を気にしていました。先生やチームメイトとうまくいってないことはなかったのですが、周りと違う反応をすると自分が浮いてしまいそうというか……。
チームメイトも常に周りに合わせるみたいな感じだったので、入学当初は違和感がありましたが、ずっとその空間にいると当たり前になっていったという感じでした。
ーチームメイトや指導者との関係性も、スポーツを続ける上で大切ですよね。
大学、実業団、クラブチームと、結局最後まで対等な立場で自分の主張をすることができませんでした。指導者と選手、選手同士がお互いに同じ目線で、向き合えるようになったらいいなと思いますね。
「生きてて楽しくなかった」体重管理による心と身体への負担
ー女子長距離界では過度な体重管理による怪我も大きな課題ですよね。
早ければ中学生から食事制限が当たり前になっています。無理な体重管理による怪我は、陸上界全体の課題です。
指導者が「勝つためには体重を落とした方がいい」と言っているので、選手自身も体重を落とさなければ走れないと思っているんです。
ー食事制限による怪我を防ぐために必要なことは何だと思いますか?
指導者の方には、長期的な目線で選手を見ていただきたいですね。成長期のうちは減量はせずに取り組むことができればいいと思います。
食事制限による体重管理は、結果を出すために重要な要素ですが、身体のことを考えると、幼い頃から体重管理をするのは得策ではありません。「結果を出させてあげたい」という気持ちは分かりますが……。
ー加納さんご自身はどうだったのでしょうか?
中学生の頃から体重を意識的に落としていました。成長期に無理に我慢をしているので、ストレスが溜まりやすかったです。それでも「絞っていると走りやすい」という成功体験があるので、取り組んでいました。
減量を重ねていると、身体がより少ないエネルギーで生活できるようになってしまうんです。年齢を重ねれば重ねるほど、ウエイトコントロールがきつくなってきました。
ー今でもレース中に転倒して途中棄権する選手もいますよね。
「それでも頑張っている」などと美徳で終わらせず、本質的な課題と向き合うべきです。そもそもなぜレース中に怪我が起こるのかを考えて、改善していかなければいけません。
自分自身も苦しめられた、食事制限による生理不順
ー食事制限は、生理にも影響を及ぼしそうです。
生理が正しくこない、あるいは止まっている選手はたくさんいると思います。私も高校時代と30歳くらいのときに無月経になりました。でも、深刻なことだという認識はなかったですね。
ー競技生活に影響はなかったですか?
高校生のときは、身体の不調は特にありませんでした。
ですが、30代のときはひどかったですね。1年ぐらい生理が来なくて、その間は全然疲労が抜けませんでした。大事な試合のときに身体を絞ることも難しく、体調が常にすぐれなかったです。一度、何ヶ月間か競技を休養して、無事に生理が来るようになりました。
走ることをもっと純粋に楽しんでほしい
ー引退してから、あらためて陸上長距離界の選手に必要だなと思う要素は何ですか?
いちばんは、競技をもっと楽しむことです。怒られてやるのではなく、走ることを楽しんでもらいたいですね。勝つことだけが全てではありません。自分の記録をひとつ更新するなど、成長を認めて喜んでもらいたいですね。
あとは、必要な練習メニューや食事を選手自身が把握しなければいけないと思います。指導者から言われるがままにやるのではなく、自分で考えて取り組んでもらいたいです。
ー「生涯ランナー」として伝えていきたい、運動を続けることの喜びについてお聞かせください。
純粋に走ることを楽しんでもらいたいです。トップを目指すのが全てではありませんし、勝利至上主義になると競技を楽しめなくなってしまうという子も多くいます。自己記録を更新したいなど、自分の成長を認めてあげることも大切です。
ー最後に、女子アスリートに向けてメッセージをお願いします。
自分の考え方や自分の競技に責任を持つ。そして何より、自分自身を大事にしてほしいなと。好きで始めた競技を、もうやりたくないと思ってほしくないですね。
ストレスやモヤモヤを溜め込まずに、自分の思っていることをどんどん発信してほしいです。指導者の方へ相談したり、同じように話せる仲間を作ったり。そうやって、陸上競技を目一杯、楽しんで向き合ってもらいたいです。