「周りに影響されやすい」サッカー下山田志帆にスポーツDr.辻秀一が送る平常心の保ち方

辻秀一さんと下山田志帆さんの写真

 

新型コロナウイルスの影響を受け、多くのアスリートの練習や試合が中止されています。急に試合という目標がなくなったとき、選手たちはどうモチベーションを保てば良いのでしょうか。また、今だからこそアスリートが伝えられることはあるのでしょうか。

自身もSNSなどで積極的に発信を続けるサッカーの下山田志帆選手と、アスリートのメンタルトレーニングを行なうスポーツドクターの辻秀一さんとの対談でお伝えします。

*本取材は2020年4月22日にオンラインで行いました。情報はその時点のものです。

(取材・文 辻岡奈保美)

 

目標や外的状況にとらわれなければ心は安定する

辻さん
アスリートのみなさんにも新型コロナウイルスによる影響が出ているようです。しもちゃん(下山田さん)の現状はどうですか?
下山田さん
3月半ばから練習も試合もなくて、今はずっと自宅にいます。クラブのトレーナーがメニューを出して管理してくれてはいますが、どこまでトレーニング強度をあげるかは選手に任せられている状態です。

リーグの再開は、まだ正確にはわからないとクラブから伝えられています。いつ開始できるのか目処が立たないので不安ですね。

チーム練習はないってことだけど、各選手はどう?みなさんそれぞれトレーニングしているのかな?
だいぶ個人差があるみたいです。

試合や練習が中止になって、モチベーションが続かなくてどうしようと困っている選手と、単なる休息期間と捉える選手がいるようです。結構SNSとかでやりとりはするんですけど、選手によって全然違うなという感じですね。そういうものなんでしょうか?

もともとモチベーションがどこにあったかで、こういうときの過ごし方は大きく違います。

目標としていた試合が途絶える、例えばオリンピックが延期になる、みたいなことが起きると、目標に向けて頑張るという外発的なモチベーションで動いていた人は、マインドマネジメントが難しくなりますよね。

そういうときってどうしたらいいんですか?
目標よりも目的、自分は何のためにやっているのかを考えることや、結果よりも何かできることに一生懸命になることを大事にするのをおすすめしますね。

そうすると目標が急になくなってもできることはあるはずだから、折れることはないんですよ。目標からブレイクダウンしてやるべきことを決めていると、そのやるべきことができなくなったときに心が折れやすくなる。

今できることに全力を尽くすとか、成長を大事にするといった思考を持つことが大事です。

そのような思考訓練をするのがメンタルトレーニングなんですね。
その通りです。メンタルトレーニングがなぜ大事かというと、サッカーも含めてアスリートの置かれている環境って、常に外的ストレスが盛りだくさんですよね。

試合では、自分の思った通りにいかないピッチ状況や天候、時間があったり、自分はこういうサッカーをやりたいけど監督のサッカーをやらなきゃいけないというもどかしさがあったり、審判がミスジャッジをしたり。

さらに、試合以外でもメディアがみんなのイメージを作ったり崩したり、そこにいろんなファンの声もあったり。そんな中でも自分の力を発揮しなければならないのがアスリート。だからメンタルトレーニングが大事なんです。

新型コロナウィルスという大きなストレスが生まれて、まさに今はアスリート以外の人々もアスリートの日常と究極の類似性を持つ状況ですね。

たしかに、自分だけでコントロールできない状況の中で力を発揮しなきゃいけないのがアスリートですもんね。
そうそう。こういう環境でどう自分の心を保つかということを発信するのも、今アスリートにこそできる役割なんじゃないかなと僕は思っていたりします。

 

周囲の情報で心が疲れるときは「今、ここ、自分」に立ち返る

辻さん
しもちゃん自身はこの状況をどう考えてますか?

下山田さん
今の自分は、この状況を楽しめている感覚があります。

いいですね。

先が見えないですけど、今はチームの活動がごっそり抜けているので、自分に使える時間が増えました。その時間を有意義に使えているなという感覚もあります。

一方で、自分は周りの声とか、それこそSNSからの情報に敏感なタイプなんですよね。だから、SNSからアスリートの「ダラけてもいいよね」みたいな言葉が入ってくるとすごく焦りますし、なんか疲れたな、とかそういう気持ちになるんですよね。

心理学的に言うと、ストレスは今のしもちゃんのように、周りの反応を残念と感じる、イラつくなど、自分の考えと違った場合に起きやすいですね。

反対に、心の状態を保っている時というのは、アスリートでも社会人でもどんなシュチュエーションでも「今、ここ、自分」という状況を脳がキープできているとき。

「今、ここ、自分」というのは過去を振り返ってあれこれ考えたり、未来に不安を抱いたりせずに「今、ここ」に向きあって生きるということ。そういうときの心の状態をフローといい、質の高い活動ができるんです。

でも、人間の認知的な脳というのは、今を裏切って過去や未来のことを考えるようにプログラムされている。ただ雨が降っているだけなのに、過去の経験から「あぁ、嫌な雨だな」と感じたり。

どうしても過去や未来に頭がいっちゃうのは仕方ないことです。大切なのはそれに気づいて、「今」に視点を合わせるように自身に言いきかせるよう、自分の脳をマネジメントしていくこと。そうすることで心の落ち着きは作られるんです。

たしかに、事実に対して勝手に意味を持たせているのは自分なんですね。

技術練習はなかなかできないけど、時間がある今だからこそ自分のメンタルを鍛えるために時間を使うっていうのもいいかもしれないです。

 

「今、ここ、自分」に戻るには、自分の特徴や癖を知っておくことが大切

下山田さん
それから今、辻さんのお話を伺っていて、自分は「今、ここ、自分」で言ったら「自分」のところがすごい苦手だなと思いました。他人ばかり見ちゃうところがあるなと。

最近は、アスリートのプレー以外に関する発信内容もすごく重要視されていると思うんですけど、そういうのを見た時に、自分ができることってなんだろうと考えたり、他人と比べすぎて不安になることも多いんです。

トップアスリートだと、ふとした発信にも意味があるかもしれないけど、自分はなでしこ2部にいて、そういう選手が発信してどういう意味があるんだろうと。そうやって他人と比べて、自分に自信をなくすみたいなことがすごくあります。

辻さん
そうですね。それは決して悪いことではなくて、人それぞれの特徴ですから。自分が結構、周囲の情報に揺さぶられやすいということががわかってくれば、その自分に気づいてマネジメントしていけばいいわけです。

自分が上手くいってないときには、今の自分は何かにとらわれて比較しているな、いつもの思考の癖が出ているな、と自分自身に言い聞かせる。一度クリアにすることで、またいつも通りの強いしもちゃんが登場するんですよ。

 

自分が発信したことでさえ、その反応に振り回されることもある

辻さん
しもちゃんの場合、少し前に同性のパートナーがいることを積極的に発信するようにしたじゃないですか。それによって変わったことはある?
下山田さん
振り返ってみると、同性のパートナーがいることや性自認を定めていないことを発信するようになったら、なんか勇気出した人みたいになっちゃいましたね。

自分自身は、自然体でいいし弱くていいということを発信したいのに、思った以上に特殊扱いされてしまいました。それによって、いつの間にか自分でもかっこよくいなきゃいけないと思いこんでしまったりして。

社会やメディアがそうすることってあるよね。でも、それも当然で、みんな自分を良くみせたいし、メディアも読者にとってわかりやすい文脈にしたいですから。

ただ、そんなときでも自分の力で「今、ここ、自分」を意識して、ごきげんでいることが大事なんです。自分のごきげんの価値を知る、つまり自分がごきげんでいるとどうなるかを理解しておけば、揺さぶられそうになってもそこに立ち返ることで、心の平常が保たれるんです。

 

キーワードは「事態は非常でも気分は平常」

辻さん
いろいろ話したけど、改めてこれからの発信や過ごし方についてどう考えてる?
下山田さん
辻さんからいただいた内容を含めて、今一度、発信していくことについて考えて見直してみたいですね。
しもちゃんが発信する意義はすごくあると思います。輝いている君にしか発信できない、しもちゃんだから伝えられるメッセージがあって、それが届く人にだけ届けばいいんじゃないかな。

あとはファン側も、アスリートを特別視しないことが重要だよね。本来なら、アスリートも普通の人なんだから、弱さも共有できるといい。

不安になることもありますけど、発信することの重要性は感じているので、これからも発信は続けたいと思います。そして、今はとにかく、この期間を活かしてできることをしていきたいです。
僕が最近、常々伝えているのは、「事態は非常でも気分は平常」でいるのは自分の責任ですよね、ということです。それがひとりひとりの健康を守ることになるし、最前線でがんばってくださっている医療従事者に対して僕らができるエールだと思います。

 

■プロフィール

辻秀一さんの写真

辻 秀一(つじ しゅういち)

スポーツドクター。株式会社エミネクロス代表。1961年東京生まれ。慶應義塾大学病院内科、慶應大学スポーツ医学研究センターを経て独立。応用スポーツ心理学とフロー理論を基にしたメンタルトレーニングによる個人と組織のパフォーマンス向上が専門。多くのプロアスリート、オリンピック選手、アーティスト、経営者の個人サポートを行う。著書に35万部突破のベストセラー『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)など多数。

公式サイト:https://www.doctor-tsuji.com/

 

下山田志帆さんの写真

下山田 志帆(しまやまだ しほ)

女子サッカー選手。なでしこリーグ2部SFIDA世田谷所属。株式会社Rebolt代表。2019年春に同棲のパートナーがいることを公表し、「スポーツとLGBTQ」「スポーツ界とジェンダー」をテーマに発信活動を行なっている。

Twitter:@smymd125

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