調子の良し悪しもすぐバレる?トラック競技・中村妃智のリモートトレーニングとは
高校生の時に自転車・トラック競技に出会ってから、自転車競技一筋。2017年のトラックワールドカップの第2戦女子団体追い抜きでは、銅メダル獲得(日本女子史上初の表彰台)に貢献した中村妃智選手。6月には、東京五輪の自転車競技トラック種目の日本代表入りが決定しました。
マディソン女子日本代表である彼女は、2018年から自転車競技・トラック種目の会場となる「伊豆ベロドローム」のある静岡県伊豆市を拠点に、トレーニングに励んでいます。
自粛期間中には全てがリモートで行われていたという、そのトレーニング方法・困難な状況に対峙した時のマインドコントロール術を伺いました。
“夢の夢だと思っていた。”オリンピック内定後に立ちはだかった、自粛という壁。
―中村選手がトラック競技に出会ったきっかけを教えてください。
きっかけは本当に偶然でした。高校入学後、部活動見学で陸上部を探していた際、校内で道を聞いた相手が、当時の自転車部の顧問だったんです。「君、自転車やるしかないよ」と勧誘を受けて、全く興味の無かった自転車部に入り、気づけばその魅力に引き込まれて現在に至ります。
―オリンピックに内定したのはいつでしたか?
本来は4月発表予定だったのですが、コロナの影響で延期され、6月上旬に発表がされました。
わたしの場合、不確定要素が多くて、ギリギリまで選ばれるかどうかわからない状況が続いていたため、決定の知らせを受けてホッとした気持ちが大きかったです。
昨年の10月にコーチが変わって、練習内容や方針もガラリと変わって。やっと夢を掴むところまできた、と。
―内定決定は、ちょうど自粛期間が終わった頃でしょうか?
そうですね。時系列的には、オリンピックの延期の発表→内定決定だったので、多少の動揺はありました。ただ、この1年間はもっと強くなるためのチャンスが与えられたんだと思ってトレーニングに取り組んでいます。
―自粛期間前、最後に出場された大会はいつですか?
最後の大会は3月にドイツで行われた世界選手権です。リカバリーのためのオフ期間が10日ほどあるのですが、その間は選手もコーチも、一時解散という形で帰国をするんです。わたしは日本へ、そしてコーチはアメリカに帰ったのですが、それから一度も会えていません。
コーチと離れた数ヶ月。一人で取り組み続けたリモートトレーニング。
―3月に一時解散してからコーチには会えてないとの事ですが、内容などはどのように決定されていたんでしょう?
コーチからは1ヶ月単位でメニューが送られてきます。走る距離・秒数・ワット数(ペダルを踏む時のパワー)がすべて決められているので、その内容に沿って自分でコースを決めて走っていました。
―対面での指導がないなかで、難しさはありましたか?
一人でおこなうという点で、精神的にタフな状況ではありました。みんな同じ環境だから、と自分に言い聞かせつつトレーニングに励んでいましたね。今の拠点は自然に恵まれた伊豆という環境化にあるので、家の裏でロードトレーニングをおこなったり、室内でローラーを使用したトレーニングをしたり。その時々の状況に応じて練習場所・内容を変更し、意識的に課題に取り組むことで、不安を軽減させました。
―10月から新しく就任されたコーチとのことですが、劇的に変化した点は何ですか?
今までは、オフの日に自転車に乗ることをしてこなかったんです。でも、海外のコーチになってから、オフでも乗ることを徹底しています。完全に自転車に乗らない日は、今では月に1日ほどになりました。
彼はアメリカやカナダのナショナルチーム、パラサイクリングのコーチをしていた人で、海外でのデフォルトを日本に導入している感じですね。
―リモートでの指示を受けてのトレーニング・・・手を抜いちゃったりしませんか?
ないです!わたしの自転車にはトレーニング内容のすべての数字が見えるパワーメーターが装着されていて、データは自動的にコーチにシェアされています。調子の良い時も悪い時も、すべてバレちゃう(笑)
―調子の悪い時の修正方法を教えてください。
わたし、SNSってすごいなって改めて思うんですけど。時差はありますが、コーチにデータが届いたらすぐに修正内容の連絡が届くんです。3月から今まで、時差に配慮しながらトレーニングを継続してきましたが、リアルタイムでデータが共有され・解析を受け・修正の指示がもらえるという一連の流れは、現代だからこそ実現した方法だと思っています。
―五輪延期が決まってからのトレーニングメニューは、何を軸に組まれたのでしょう?
わたしが取り組む競技は、トラックの中距離です。全身の筋肉を使う種目なので、弱点だったベーストレーニングを主に取り入れました。バーピージャンプ(全身運動)や背筋・懸垂も取り入れ、全身のバランス・体幹強化に励んでいます。
―食生活はどのように管理していましたか?
自粛期間中は自炊が増えたので、専属の栄養士とこまめにやり取りをして、食生活の改善に努めました。世界戦が終わって帰国し、コンビニスイーツにハマって太ってしまった時期だったので、これはまずいと体脂肪を減らすメニューにシフトしました。
―コンビニスイーツ!(笑)自転車競技はカロリー消費が激しいイメージですが・・・
そうですね、1日の摂取カロリーは3000kcalを目標としています。食べるご飯の量を1日に2合に増やし、糖質は摂りながらも基礎代謝を上げていくスタイルに切り替えました。魚・肉・野菜もバランスよく摂っています。でも競技やめたらわたし、絶対太っちゃうから気をつけないと・・・。
日々の練習はすべて、1年後の未来を見据えて。
―中村選手が出場される「マディソン」という競技について教えてください。
自転車競技の中のトラックの種目の一つで、ペアでの出場となります。コースの内側を走る選手と、外側を走る選手が各周入れ替わりながら速度を上げていき、ポイントを競い合います。内外で交代の際にペアの手を取り、投げることで加速させていきます。
-初めて観ました!読者の皆さんにも、観てほしいですね。ちなみに、競技の見どころは何ですか?
ペア同士の交代の際の加速度やコースの読みによって、展開がどんどん変わっていく速度感が面白いです。合計で30km、トラックを120周するのですが、10周ごとに1〜4位のペアにはポイントが加点されていく方式なので、テクニックや戦略をゲーム感覚で観ることができます。
―競技に携わってきた中で、オリンピック代表選手となった今の目標を教えてください。
目標、二つあるんです。一つは、オリンピックで結果を残して、競技の注目度を上げること。もう一つは、ファンを増やすことによって競技人口を増やし、自転車業界に貢献することです。まずは自転車に興味を持ってもらって、観にきてもらいたいですね。SNSにも力を入れて、競技の魅力をお伝えしていくことに尽力します。
―最後に、東京五輪への意気込みを教えてください。
今回、五輪が延期されて時間が与えられたことは、わたしにとってチャンスだと思っています。(大きな声では言えませんが、高校生以来味わったことのない“完全オフ”の旅行や生活を心の支えにしていた部分があります。)
孤独と向き合いながらも、わたしが過ごしている日々が一年後の結果に繋がることを信じています。今のこの経験が、いつか自転車に跨る女の子たちの励みになることを祈ってます。
中村妃智(なかむら きさと)
千葉県浦安市出身・平成5年生まれ。日本写真判定所属。自転車競技・トラック(マディソン)種目日本代表。平成30年アジア選手権で、女子マディソン(30km)と、4人編成の女子チームパシュート(団体追い抜き)で金メダルを獲得。2019年全日本選手権では女子マディソン(20km)で優勝。
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