2年の休養期間を経て出会えた「もう一度夢を目指す理由」。松本弥生が挑む、あらたな挑戦
2009年に日本代表に選ばれて以来、日本の女子自由形競技をリードしてきた松本弥生選手。2016年のリオデジャネイロ五輪後に“休養”という形で競技を離れますが、その後は2018年に現役復帰を宣言しました。
競技から一度離れる選択をしたあと、もう一度夢へ挑戦することを決意した松本選手に、目標に向かって走り続けるためのモチベーションの保ち方や、競技におけるストレスとの向き合い方について伺いました。
避けることができなかった、“休養宣言”のワケ
ーまずはじめに、なぜ松本選手は2016年に“休養宣言”されたのでしょうか?
大学生から社会人選手になって結果を求められる状況に置かれたときに、競技に集中して取り組むことができなかったからです。当時の練習内容に疑問を感じてしまって、そのストレスが徐々に大きくなってしまいました。
ーロンドン五輪からリオ五輪までの期間に、苦しい思いをされていたんですね。
ロンドンからリオまでの4年間が、年齢的な部分もあって一番辛い時期でした。リオの当時、私は26歳。引退を決める選手も多く、私自身は体力的にも精神的にもキツくなっていくばかりでしたね。
ー溜め込んでしまったストレスという点では、どのような苦しみがあったのでしょう?
社会人選手ではあったものの、母校の日体大で大学生と同じメニューをこなしていたことが体力的な部分でのストレスでした。練習量も多く、ちょっときつかったですね。
スプリンター(短距離泳者)の私が、長距離選手たちと同じ練習をするということにもなかなか納得ができませんでした。
社会人になってからはコーチとぶつかることが多く、体力的に苦しかった練習内容の変更を訴えても、「甘えるな」という声があったりもしました。
ー昔から松本選手のことを見ているからこそ、甘えと捉えられてしまったんですね。
そうですね。練習内容の希望や意見を、コーチに伝えることが難しく感じてしまった時期があったり、言えるようになっても意見が通らなかったり誤解が生まれたりしてしまって悩んでいました。
「はい」は魔法の言葉じゃない。ストレスから自分を守るための自己主張を
ーもしも今、当時と同じ環境下で同様のストレスを抱えるとしたら、どのように対処できそうでしょうか?
難しい質問ですね。当時を振り返ると、私はベストを尽くしていたのかもしれないです。若い時の方が「はい、はい」と聞いていた気がするんですよね。今は、自分の意見をはっきりと主張します。
ー「はい」と聞きわけてしまうことは、得策ではなかったと。
今となってはそう思います。「はい・いいえ・すいません」の3つのテンプレートから返事をしていて、後悔することも多かったんですよね。「はい」というのは魔法の言葉じゃなくて、逆に自分を苦しめていたように思います。
ー自分の意見をきちんと主張することで、溜め込まないようにするんですね。意見の伝え方に、工夫はありますか?
ある意味少しわがままになる、という意識を持つことかもしれませんね。伝える時は、タイミングを見計らうことですね。なるべくその日に解決したいので、疑問を感じたら、あくまで自分の一意見として伝えます。伝えるからこそ解決できることは、思っている以上にあると思うので。
ー意見を伝えることで、衝突してしまうこともあると思うのですが、どうでしょう?
もちろんあります。でも、本気でぶつかることから逃げてはいけないと今の私は思います。何よりも優先するべきことは、自分がストレスを溜め込まないためにはどうすればいいのか。自分の意見をしっかりと言って、互いの理解を深めることで、自身の間違いに気づくこともあって成長につながると思います。
休養期間に取り返した、純粋でフレッシュな気持ち
ー休養期間を経て現役復帰をされましたが、競技への意識はどのように変化しましたか?
競技に関してだけでなく、何事にも楽しく新鮮な気持ちで取り組めています。休養期間に心身ともに充足させることが大きかったですね。今は自分が好きなことをとことんできる環境に感謝しています。
ーベテラン選手が、フレッシュな気持ちを持ち直すために必要なことはなんですか?
競技から距離を置いてから練習を再開した時に、水泳の魅力にあらためて気づいたんですよね、こんなに楽しかったのか!って。大人になると、熱中すること自体が難しくなったりすると思うんですけど、シンプルに自分の気持ちをたしかめることで、初心に立ち返ることができました。
ー競技に対して“なぜ好きなのか”を、あらためて考えると良いのかもしれないですね。
そうですね。今の私は、水泳を習いたての子どものような気持ちで競技に取り組んでいます。苦しかった時は、泳ぐことを強制されていると感じていたこともあったんですよね。自主性を持って水泳に向き合っている今は、毎日が楽しいです!
自分のご機嫌な環境を作り上げることが、気持ちを安定させるための近道
ー競技へのモチベーションを保つために、大切にされていることはありますか?
オンとオフの切り替えをはっきりすることを大切にしています。練習は集中して数時間行って、リフレッシュの時の楽しみを用意しておく。自分のご機嫌な環境を作り上げてるんです。メリハリをつけることで、競技と自分とのちょうど良い距離感を保っています。
ー練習内容については、以前から改変されたのでしょうか?
現役復帰してから練習内容が変更されて、同時に練習に対する意識も変わりました。一日の練習量として、泳ぐ距離は半分を切るほどになりましたね。年齢的にも距離より質を高める泳ぎ方を目指して、練習を行なっています。
ー泳ぐ距離が半分以下とは!新しい試みをされているんですね。
指導者が代わって、目標は同じでもアプローチの方法が全く異なります。毎日、全く新しいことにチャレンジしている感覚です。今は強く、速くなりたいという気持ちが強いので、この気持ちを大事に練習に取り組み続けたいですね。
ートレーニングの様子などをSNSで拝見できるので、ファンの方も嬉しいのではないでしょうか。
そう思っていただけるとしたら、私も嬉しいです。SNSでいただくファンの方からの反応も、私のモチベーションにつながっているので。私の「今」を知ってほしいので、これからも発信を止めないし、新たな挑戦に挑む私を画面越しに応援していただけたら嬉しいです。
競泳選手として再び上を目指す覚悟を決めた私が見つめる先は、次の東京オリンピックです。そこでどういう結果を出すのかが大事だと思っているので、今はコツコツと力を蓄えて、来たるべき日に発揮できるよう頑張ります。
■プロフィール
松本 弥生(まつもと やよい)
1990年生まれの競泳選手。5歳から水泳を始め、高校2年生の時にはインターハイで優勝。その後数々の国際大会を経験し、ロンドン・リオオリンピックに二大会連続で出場。リオオリンピック後の休養期間を経て、2018年に現役続行を宣言。次回東京オリンピックでのメダル獲得を目指す。
Twitter:@yayoi_matsumoto
Instagram:@yayoi_matsumoto841