夫婦でジム経営。BCJ最年長クライマー加島智子さんに、ベタ惚れすぎる旦那様
埼玉県深谷市にあるクライミングジム「Lutra Lutra Climb Park」の“主婦兼オーナー”である加島健至さんの奥様は、BJC(ボルダリング・ジャパン・カップ)で7大会連続出場の記録を持ち、国体選手でもあるベテランクライマーの加島智子選手。
ジム経営と競技を両立する彼女ですが、クライマーでもある夫・健至さんとの関係は、飼い主とペット!?自由奔放な性格の智子さんを、公私ともに支える夫・健至さんの、“見守る愛”とは。
出会いはボルダリングジム、その強さに惹かれて
僕たちの出会いは、彼女がまだ選手になる前の9年前に遡ります。20代半ばでボルダリングを始めた彼女が、それまで働いていた鍼灸師としての仕事を辞めて、都内のボルダリングジムのスタッフとして勤務していた時に知り合いました。
クライミングジムでは時折、「草コンペ」と呼ばれるジム単位での小中規模のコンペティションが行われるのですが、僕が初めて出場した大会で彼女が優勝したんです。あの時は悔しかったですね…。彼女強い、負けた!って。
そのコンペをきっかけに自分を鍛え直そうと思い、より高いレベルで練習をするためにジムを変えたのですが、そこで偶然彼女が働いていて、再会できたんです。
協力者を作って、見えないところで努力をしながらアプローチして、同棲まで漕ぎ着けたのですが、一緒に住み始めてからの彼女の競技における調子はうなぎ登り。公式戦に出場を始めたのはこの頃ですね。
デートは岩場。性格は正反対な二人
休みの日は岩に登りに行ったりしていました。同じ課題に触って、一方が登れなかったら帰りの車中は、お葬式の後みたいな空気が流れて。
今でこそ笑い話ですが、当時は二人とも登ることがすべてだったんですよね。クライミングに対する気持ちが純粋で、それを共有できたことで、二人の未来を描くことができました。4年間の交際を経て、もともと結婚願望のなかった彼女を口説き落としました。結婚してから、もう5、6年になります。
ウマが合うとか価値観が合うとか、そういったカップルや夫婦になる条件には全くあてはまらない二人です。似ている部分はあるのかないのか…。正反対の性格をしています。彼女は本能に忠実なタイプの直感型で、僕は理系の理論派なので、未だに度肝を抜かれることはありますよ。一緒にいて飽きることがないですね。
あるとき、家からスプーンが次々に消えていくという事件が起こりました。なんでだろうと思ったら、アイスクリームを食べ終わった後に、彼女がスプーンごと一緒にゴミ箱に捨てていたことが判明したんです。ポイッて無意識に一緒に捨てちゃうんです。
でも、なぜか一切怒れないんですよね。喧嘩はしますけど、翌日にはまた自然体でお互い接していられる。絶対に次の日に持ち越さないとか、ルール的なものはないんですけどね。何があっても動じることはもうないかな。我が家のスプーンが、またどんどん消えていってしまったとしても。
二人の関係性は、本人曰く「飼い主とペット」だそうです。それは相手が僕だからできることだと話していましたが、そんなふうに意識をしたことは僕自身はないです(笑)。それも天才肌の彼女なりの感覚なのかなと受け入れています。
彼女の才能と向上心に救われてきた
彼女を見ていて思うのは、才能というものはたしかに存在するということ。ボルダリングは、年々低年齢化が進んでいます。今のトップ選手などを見たらわかりやすいのですが、幼少期にボルダリングを初めて、10代でトップに登り詰めるんです。恵まれた環境と、並々ならぬ努力の上に。
そんななか、20代で競技を始めて、30代で国際試合に出場し、最年長出場者として現役で走り続けてきた彼女は、見ていて「選ばれた人間である」とよく思います。身体能力が桁外れに高いだけでなく、「オンリーワンじゃなくて、ナンバーワンになりたい」という向上心や競技に必要な闘争心がある。コンペティションでは、フィジカル・メンタルともに普段の120パーセントの力を出せるような選手でないと勝てません。彼女にはそれがあって、かつ発揮もできる。
交際時から同じグレード*を登ってきたのですが、僕自身がボルダリングをやめそうになったことがあるんですよ。思うように登れなかったり、仕事との兼ね合いがあったり。そんな時にそばで、ボルダリングが好きだというまっすぐな思いで登っている彼女を見ていたら、不思議とマイナスの感情は消えました。彼女のおかげで、お互いを高め合うことができているんだと思います。
彼女のことは競技者としても尊敬しているし、家族として敬意も強いです。連日に渡る大会中には、もちろんピリピリしていて喧嘩をすることもありますけど、特に気を使ったりはしないことを意識しています。だって彼女は選手であるけれども、僕にとっては奥さんでもあるから。
*グレード:ボルダリングの難易度を指す
二人だから、ハイレベルなクライミングジムを
前職時代に、転職を考え立ち止まるタイミングがあって、その時に僕たち二人でできることはなんだろう?と掘り下げてみたところ、“強いクライマーが集まってくるジム”を作りたいという思いに突き当たりました。
そして、2017年にクライミングジム「Lutra Lutra Climb Park」を深谷市ではじめました。思っていたよりも負荷の多いジムの業務は、僕がすべて請け負っています。彼女が大会に出る前には、集中できるように他のジムに遠征してもらっていました。普段も彼女には、1日6時間前後は登る時間を取ってもらえるように調整しています。側で見ているかぎり、彼女はまだ選手として自由に登りたいという気持ちが強いので、運営とのバランス調整が大事ですね。
うちのジムでは、黙ってても強くなるというのがウリ。特に奥さんがプロだからという謳い文句はしていません。地道にコアなファンが増えていっている感じです。自分たちもモチベーションを落とさず登り続けられるような、強いクライマーたちが集まるジムを作っています。それは、僕たち二人だからこそ実現できること。
マイナー競技であるボルダリングや岩に登ること、いろいろなスタイルで体現できる「登り」をこれからも二人で、純粋な気持ちのままに追求していきたいですね。
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2020年のBJCには出場されなかった加島智子選手。以前から、今年のBCJを機に引退ということを宣言されていたそうですが、なぜ出場しなかったかというと、申し込み期限を勘違いしていたそう!旦那様曰く、彼女らしさを感じ、特に驚かなかったそうですが…。
これからは世界で戦う場には出ず、国体などの国内試合に焦点を定めて出場していかれるご予定の加島選手。旦那様と歩まれる、新たなクライマー人生から目が離せません。
■プロフィール
妻・加島 智子選手
1982年生まれのプロクライマー。昨年度のBJC出場者の中では最年長。27歳で初出場した国内大会で9位、2016年にはトップまであと一歩の2位に付いた。
夫・加島 健至さん
「Lutra Lutra Climb Park」の主婦兼オーナー。自身の岩場の最高グレードは4段。