茶道とラグビーが出会ったら?アスリートの心を整えるお茶の道

青木蘭さんと小堀宗翔さんの写真

スポーツと茶道。一見すると正反対の世界に見えるこの二つを結びつける女性がいます。遠州茶道宗家の13世家元次女である小堀宗翔さんは、茶道の普及に努めながら、社会人ラクロスチーム「ミストラル」に所属する現役選手です。

小堀さんのもとには、サッカーやラグビー、陸上、水泳など、様々な競技のアスリートが、お茶の心を知るために訪れるそう。アスリートが茶道に惹かれる理由は何なのか。その理由を知るために、女子ラグビーチーム「横河武蔵野アルテミ・スターズ」所属の青木蘭選手がお教室にお邪魔しました。

五感のトレーニングにもなるお茶の道

青木さん
以前からinstagramで、お茶会の様子を拝見していました。アスリートの方々が、どうして茶道に惹かれるのかがずっと気になっていたので、今日は体験できてうれしいです。よろしくお願いします。
小堀さん
ありがとうございます。茶道の魅力を広く伝えたくて、SNSを通じて発信してきましたので、アスリートの方に届いて嬉しいです。今日はよろしくお願いします。
アスリートの方は、どんなことを求めて茶道を体験しに来るのですか?
人にもよりますが、オンとオフの切り替えにいらっしゃる人が多いですね。いつも激しい試合や練習をしているアスリートの方は、意外とオフの過ごし方に悩まれています。どこかに出かけるにしても、怪我のリスクがあるといけませんし、疲労も溜まっている。だからといって、ただダラダラと過ごしたくはない。そうした方が茶道を通じて、張り詰めていた気持ちをふっとほぐしにいらっしゃいます。実は五感を研ぎ澄ませる”トレーニング”にもなっているんですよ。

小堀宗翔さんの写真

私はオフに美味しいものを食べに行ってリフレッシュすることも多いのですが、五感を研ぎ澄ませるというのはどういうことなのでしょうか?お茶やお菓子を味わうのも五感の一つですか?

それもございますね。でも実は「触覚」も、茶道で感じてほしい重要な感覚なのです。

触覚・・・手の感覚ですか?

日本人は小さい頃からご飯茶碗を持っていただくので、掌(たなごころ)、つまり手のひらの感覚が繊細です。ものを取るときに「これがだいたいどれぐらいの重さか」というのをなんとなく想像して持っています。ですので、“意外に”軽いとか、重いという感想をふと持ちます。

違和感を抱くということが大事なんですね。

青木蘭さんの写真

何かを持ち上げるとき、「あれ、重い?」と言うことありますよね。それは無意識のうちに、見た目と素材から重さを予想している証です。

指先を器用にしたい人もいらっしゃいます。バスケやラグビーでは、最後にパスをする瞬間の、指からボールが離れるヒュっという感覚を大切にしていると伺いました。大きな手で小さいものを扱う、壊れそうなものを大切に扱うことで、試合中の手さばきにつながることもあるそうです。重いものは軽そうに、軽いものは重そうに見せたりすることも、指先の感覚を養うことにつながります。

おもしろい・・・!

ではさっそく、お茶を召し上がっていただきましょう。

アスリートと茶道の関係①

・オンとオフを切り替えるために
・五感を研ぎ澄ませるトレーニングに

初めて教わるお茶の基本

青木蘭さんと小堀宗翔さんの写真

 

茶道といえば着物を着て正座というイメージが強いですが、小堀さんの教室では、私服で椅子に座りながらお茶を味わうこともできます。小堀さんの教室に来るアスリートの中には、怪我で正座ができない人も多いそうです。どんな人でもお茶の世界を味わうことができるような、心配りを感じました。

小堀宗翔さんの写真

お湯を汲み、流れるような手さばきでお茶を点てていく小堀さん。ゆっくりだけど早い、早いけどゆっくりした不思議な動作に青木さんもうっとり。お茶を待つ間に、お菓子をいただきます。

 

小堀さん
日本のお菓子は、四季を表しています。目で見ても大変美しいですし、見る方の想像力によってどういうものかを考えさせるようなお菓子です。茶道の場合は抹茶がほろ苦いので、先にお菓子を全て召し上がっていただき、その口の甘味を残してお茶を楽しんでいただくという順番になっております。

青木さん
きれい・・・。これ、どうやって食べるんでしょう。

初霜の写真

「初霜」というお菓子。その名の通り、秋の紅葉のように鮮やかなきんとんの上に霜を表現した白いあしらいがされています

その黒文字(くろもじ)という楊枝で刺していただいて大丈夫です。あまり小さく切りすぎないでお召し上がりください。

とてもおいしいです。

青木蘭さんと小堀宗翔さんの写真

お菓子をいただいている間に、お茶が点ちました

では、お茶のいただき方を簡単にご説明します。お茶碗には正面と呼ばれる場所があります。例えば絵が書いてあったり、へこんでいたり。これは亭主(もてなす側)が一番美しい場所をご覧いただきたいと、お客様の正面に向けてお出しする部分です。

お客さまはお茶碗を手に取り、その正面に口をつけないよう、時計回りに90度お茶碗を回してからお茶を召し上がりいただきます。これは、亭主が一番美しいと感じている部分に口をつけるのを遠慮する、という意味合いがございます。

青木蘭さんの写真

飲む途中でお茶碗を置いても良いんですか?

基本的には手に取った後は置かずに、何口かに分けてお召し上がりいただきます。なぜかというと、落としたり、倒したりといった粗相が起きる可能性があるからです。飲み終わった後はご自分の口のついたところを人差し指で右から左に、親指で左から右にさするようにします。「〆」の字を書き、〆て清めるという意味があります。

茶道基本ステップ

①お茶が来る前に和菓子をいただく
②正面に口をつけないよう時計回りに90度回す
③何回かに分けて飲みきる
④飲み口を人差し指で右から左に、親指で左から右になぞり〆る

お茶碗に仕掛けられた“おもてなし”とは

小堀さん
本日、青木さんにお飲みいただいたのは赤い茶碗ですが、実はこちらの黒いお茶碗と対になっています。実はラグビーをイメージするお茶碗なのですが、わかりますか?

青木さん
赤いほうが日本代表ということですか?

茶碗の写真

そうですね。ラグビーの日本代表をイメージして作っていただいたものなんですよ。では、こちらの黒くて白いヒダが見えているほうは・・・。

オールブラックスですか?

はい。今日はラグビーに関するお客様がいらっしゃるということで、日本代表のお茶碗と、黒に白のヒダのオールブラックスのお茶碗でご用意させていただきました。

お茶室で“ゾーン”に入る

青木さん
オンとオフの切り替えに利用する人が多いと聞きましたが、たしかにここの茶室に足を踏み入れた瞬間から“お茶に集中できる感覚”をなんとなく感じました。小堀さんのお点前を見ているうちにどんどん引き込まれていって、まるで“ゾーンに入る”感覚のようでした。

小堀さん
青木さんがお茶をいただくまでには、玄関をくぐり、石の上を歩き、お点前をご覧いただいて、お菓子をいただくという小さなステップがいくつもありました。突然試合に入るのが難しいように、急に目の前にお茶とお菓子が出てきても心の準備ができていない。一つ一つお茶の手順を進めるごとに心を落ち着かせ、心を清めてお茶をいただく準備をするという意味がありました。

時代を遡ると、戦国武将のなかには戦いの前に全員で集まり、同じ空気感のなかで一つのお茶を飲み交わすことで、士気を高める者もあった言われています。まるで円陣のようですよね。いざ戦いが終わると、あらためて無事に帰ってこられた安堵のなか、もう一度お茶を飲んだそうです。

現代のアスリートも、生死を懸けるような気持ちで戦いに向かいます。フィールドで滾った気持ちを落ち着かせるような心の拠り所になればと思っています。

青木蘭さんの写真

すっかりお茶の世界に惹き込まれた青木さん

ルーティーンのようですね。実際に小堀さんは、お茶を点てながらゾーンに入っていく感覚はありますか?

ございますよ。私の場合、お茶室にいる以外の時間は、ラクロスやお茶の発信活動といった、外に向けて自分を表現することが多いです。茶道の場合は、一挙手一投足決められた動きをするなかで、どんどん意識が内側に入っていきます。たとえば、最初は周りの工事の音がうるさく感じられていても、お点前をするなかでいろんな音が排除されていき、今度は普段聞こえてこないような小鳥のさえずりが聞こえてくるようなことがあります。

ラクロスでも同じように集中が高まっていき、辺りが静かに感じられて仲間の「右!」という声だけが聞こえてくるような瞬間を経験したことがあります。おそらくお茶を体験したアスリートの方も、その感覚の近さに惹かれていくのかもしれません。

だから、たくさんのアスリートがいらっしゃるんですね。スポーツをしながら、スポーツだけに集中することは実は難しいことだったんですね。

スポーツとは、基本的に自分がしたいことをさせてもらえないものですよね。相手が邪魔してきたり、ハードルがあったり。人によってはメディアからの批判や、観客からのプレッシャーと戦っている人もいると思います。自分でコントロールできないものだらけの環境で、柔軟に対応していくという大変なことを日々しているわけです。

そうした精神力を、お茶の世界から学べることもあります。たとえば、よくお茶室には掛け軸を掛けています。今日は竹の絵です。私はこの竹の心をとても大切にしています。

竹の心ですか?

青木蘭さんと小堀宗翔さんの写真

竹は節があって非常に強い。風が吹けばゆらゆら揺れる。雪が降れば、重さにたゆんで埋もれることもある。雪が解ければ、また天にまっすぐ伸びる。周りの環境に柔軟に対応しながらも、決して折れないというのが竹の特徴ですね。竹の節も、まるで人生のターニングポイントのようだと感じます。何かあっても「竹の心だぞ」って自分に言い聞かせ、強くして柔軟な心を持つように努めています。

この部屋から学び取れることがたくさんあるんですね。

アスリートと茶道の関係②

・ゾーンに入る感覚を養う
・セルフコントロールのための学びを得られる

スポーツマンシップに通ずる茶道の価値観

青木さん
小さい頃から続けてきた“スポーツ”と、今日初めて体験した“お茶”にこんなに共通点があるとは思っていませんでした。

小堀さん
ありがとうございます。茶道は堅苦しくみえますが、ルールを守りながらスポーツをすることと、茶道の作法に則ることは同じ考え方です。ボールが落ちたり、ラインアウトしたりしたら相手の攻撃に変わる。禁止行為がある。そのルールの中には、怪我を防ぐためや、スムーズな進行のためという意味があります。

茶道も、なぜお茶碗を回すのか、なぜ清めるのかと考えていくと、相手の心遣いを無下にしないためだったり、道具を傷つけないためだったりします。そうした説明をすると、みなさん腑に落ちるようですね。

たしかに。ラグビーも厳しいルールや制約の中でプレーしています。茶道も一緒だったんですね。

チームのマネジメントに通ずる部分もあります。特にチームスポーツでは、選手同士の個を生かすという考え方が大切になってきますよね。茶道のお道具もそうです。たとえば、黒いお茶碗を黒いものの上に置いても映えません。だから違う色を組み合わせます。華やかな柄と、地味目な柄を合わせることもありますね。これを「取り合わせ」と呼んでいます。

小堀宗翔さん主催のアスリート茶会

2020年1月に行われた、アスリート茶会の新年会の様子。和やかな雰囲気のなかで、お茶の教えを学びました。

走るのが早い人。パスが上手な人。チームには様々な長所と短所を持つ選手がいます。そのでこぼこを組み合わせて、一つのパズルをつくるのが「采配」。チームのキャプテンとしてメンバー構成を考えるとき、「でこぼこの取り合わせ」を上手に組み合わせて、1つの強いチームを作ろうとしています。

アスリートと茶道の関係③

・ルールに則る精神は共通
・お道具の取り合わせはチーム采配の考え方に通ずる

最後に、青木さんもお茶を点ててみました。

編集部でおいしくいただきました!ふわっとした口当たりのあとに、抹茶の柔らかい苦味が広がっていきます。お茶は点てる人によって、全く違う味になるそうです。

お茶の葉を挽く体験も。

青木蘭さんの写真

「お茶を挽く音も綺麗」と夢中に

青木蘭さんと小堀宗翔さんの写真

お茶の世界にすっかり魅せられた青木選手。このあと、所属する会社の茶道部に早速入部したそうです。今後のプレーにどんな変化が表れるのか、期待しています。

 

■プロフィール

青木 蘭(あおき らん)

1996年10月16日生まれ。横河電機株式会社勤務、横河武蔵野アルテミ・スターズ所属。

幼少期から兄弟の影響でラグビーを始め、中学卒業後は競技環境を求めて島根の高校に進学。慶應義塾大学在学中には、女子ラグビーチーム「IRIS(アイリス)神奈川」を創立。現在も横河電機で働きながら、選手生活と競技の普及に奮闘中。

Twitter:@ranaoki5
Instagram:ran.aoki
IRIS神奈川 Twitter:@Keio_IRIS

 

小堀 宗翔(こぼり そうしょう)

遠州茶道宗家 13世家元次女 。元ラクロス日本代表、現在は社会人ラクロスクラブチームミストラルに所属。家元のもとで修行後、茶道の普及に努めながらラクロス現役選手としても活動。スポーツと文化の融合・発展に務め、「アスリート茶会」などを主催。

オフィシャルサイト:https://kobori-sosho.com/
Instagram:@kobori.sosho
MISTRAL オフィシャルサイト:https://mistral-lax.com/
MISTRAL Instagram:
https://www.instagram.com/mistral.lax/

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