「引退=ゼロからのスタートではない」経営者兼フットサル選手・尾田緩奈が語る、アスリートの新しい生き方
立川アスレティックFCレディース(日本女子フットサルリーグ)所属の尾田緩奈(おだ・かんな)選手。フットサル選手としてだけでなく、経営者としてビジネスの世界でも存在感を発揮し、オーストラリアで培った価値観をもとに“競技とキャリアを両立する”新たな可能性を切り拓いています。
「スポーツで築いた経験は、ビジネスでも通用する」という力強いメッセージを体現し続ける尾田選手に、海外で感じたプロ意識や、自身の原体験から得た学び、そしてキャリアと競技の両立のコツについて語っていただきました。
「サッカー選手って稼げないんでしょう?」日本での原体験と、オーストラリアで感じたプロ意識
ーフットサルのお話をお伺いする前に、尾田さんはオーストラリアでサッカーのプロ経験がありますよね。オーストラリアの女子サッカーの環境についてお聞かせください。
まず、オーストラリアという国自体が、生活の中にスポーツが当たり前にあるなというのはすごく感じました。例えば、週末は多くの人たちが家族や友達とお酒を片手に、スポーツを観に行く習慣が根付いていましたね。試合会場でも観客同士が一体となって熱狂的に楽しむ雰囲気がすごくいいなと。そんな自由な雰囲気が大好きで、親には「永住するかも」と伝えていたほどでした。
女子サッカーに関しては、国内リーグが充実していて、男子の試合の前座に女子の試合が組まれるなど、観客を集めやすい工夫がされていました。あとは選手のプロ意識が日本よりも高いなと感じることが多かったです。
ー具体的にどのような“プロ意識”の違いを感じられましたか?
選手一人ひとりが、「自分でアクションを起こす」意識を持っていることです。日本にいた時は、自分で考えてアクションする必要がないというか、クラブやチームが仕事や、イベントなど全て与えてくれていました。SNSの投稿ひとつにしても、「試合に負けたから、これはあげない方がいいかな」とか、周りの目を気にすることが多かったです。それが海外では本当になくて、選手自身が「自分はプロなんだ」という意識のもとで活動していましたし、そのプロ意識の高さに子供たちも憧れを抱いている印象がありました。
例えば、試合前の急なスイッチの切り替えや、子供たちへの対応、SNSの使い方など。自由がある中で、一人ひとりのプロ意識の高さは一流でしたね。
実は日本で子供たち向けにサッカーを教える機会があった時、忘れられない出来事があったんです。「サッカー選手を目指しているの?」と聞いたときに、「いや、私はYouTuberになる。だってサッカー選手って稼げないんでしょう?」と。ショックでしたね…子供たちに夢や希望を与えられていないのかと痛感しました。そういった原体験があったからこそ、オーストラリアの選手たちの意識の高さがより刺さったのだと思います。
競技で得た経験は、ビジネスでも通用する
ーそこから帰国して、フットサルへ。
はい。フットサルを始めたきっかけは、Instagramで流れてきた映像を見たことなんです。日本に戻ってきて少し経つと「やっぱり体を動かしたい」と思っていたので、なんとなく目に留まりました。フットサルは、足元の技術が上手い人がやるイメージがあったので、自分がやるなんて考えたこともなかったのですが、映像見てておもしろそうだなぁと。ちょうどそのタイミングで前所属のアニージャ湘南とご縁があり、練習参加に行くと楽しかったので、始めてみることにしました。
ー環境など、違いは多かったのではないでしょうか?
フットサルの世界に入って衝撃だったのは、部費を払う必要があること。チームによって状況も異なりますが、遠征費も実費だったり。仕事の斡旋や優遇もサッカーほどないので、フルタイムで働いたあと、夜遅い時間から練習。当時のチームメイトには、鍼灸師、看護師、幼稚園の園長先生など、それぞれが昼間は普通に仕事をしている人がいてサッカーとの環境の違いは衝撃的でした。
夜勤明けで練習に来る選手もいて、最初は大変そうだなと思ったんですけど、本当にフットサルが好きだからこそ続けられているんだろうなと。キャリアと競技を両立する考え方は、サッカーにはあまりなかったので、面白いと感じました。
ー尾田さんも、フットサルの転向に伴って初めて就活をされたんですよね。
そうなんです。なんとなく「どこか採用してくれるだろう」と思っていたのですが、全く上手くいかず、どこを受けても書類落ち。サッカーで日の丸を背負ってきたという自信は見事に砕け散り、社会の厳しさを目の当たりにしました。自分からサッカーをとったら何も残らないんだと思うと、とてもつらかったです。
その後は、とにかくいろんな人に会いまくりました。その中で「一度は経験した方がいい」と皆さんがおっしゃるもののひとつに営業職があったので、一度やってみようと。
ー実際にやってみてどうでしたか?
一日中座りっぱなしの仕事が初めてだったので、もう泣きまくってましたね(笑)。今になってこそ、対面でのコミュニケーション能力の必要性を感じているので、良い経験になったと思います。営業とスポーツは似ている部分もあって、目標を達成するために頑張ることができました。
ーそこから独立して、起業されたんですね。どのような思いがあったのでしょうか?
起業の背景には、引退したアスリートがその能力や経験をもっと活かせる場をつくりたいという思いがありました。選手たちは往々にして、“引退=ゼロからのスタート”と思い込みがちです。でも実際にはそんなことはありません。競技で培った忍耐力や目標達成意欲、コミュニケーション能力などはビジネスの世界でも大いに役立ちますし、私の会社でも多くの元アスリートが活躍中です。
近年、アスリートのセカンドキャリアに注目が集まっていますが、私から言わせればキャリアに、“ファースト”も“セカンド”もありません。選手時代に築いたものは、そのまま引退後の人生に受け継がれる。それを私自身の行動で証明していきたいです。
働きながら競技をすることは、メリット
ー今後の事業の展望を教えてください。
今後はさらに規模を拡大し、スポーツを通じた教育やキャリア支援にも力を入れていきたいです。昨年から高校訪問をスタートし、アスリートの経験を直接伝えるキャリア指導を実施しています。「自分の可能性は無限大だ」と感じてもらえる機会を増やしていきたいですね。
また、アスリートこそ競技で培った力を活かせると思っています。挑戦する力、逆境を乗り越える力、周囲を巻き込む力など、それらを競技以外でも発揮し、精神的にも経済的にも自立していく人が1人でも多く増えたらいいなと思います。
引退後に「何をしたらいいのかわからない」と悩む選手は少なくありません。実際に、競技引退後のキャリアに悩んでうちに入ってきた元アスリートが今年独立していく予定です。「自分の可能性はこんなにあるんだ」と気づき、新しいフィールドで挑戦し始めています。
そんな人をこれからも増やし、「スポーツを通じて学んだ力が社会で活きる」ことを証明していきたいですね。
ーフットサルでの目標はいかがでしょうか?
今年は歴史的な年になると思っています。なぜなら、女子フットサルのワールドカップが初めて開催されるからです。まずはそこに向けて、最高の準備をしたいですね。
チームとしての目標は 「日本一」。このチームで優勝することが、女子フットサルの価値をもっと高めることにつながると信じています。
ただ勝つだけではなく、プレーを見た人が「フットサルってこんなに面白いんだ!」と感じてもらえるような、ワクワクする試合をしたいです。そして、競技の認知度をもっと広げ、未来の選手たちが「フットサルをやりたい!」と思える環境を作っていきたいですね。
ー最後になりますが、キャリアと競技の両立を目指す選手へ、メッセージをお願いします。
アスリートとして、競技だけに集中できる環境はもちろん素晴らしいです。でも、働きながら競技を続けることにも、たくさんのメリットがあります。
競技だけでは得られない経験やスキルを身につけることで、引退後の選択肢が広がる。アスリートという今しかない「価値」があるからこそできることもたくさんあると思います。
両立は確かに大変です。だからこそ、自分の人生をより豊かにできるチャンスでもある。競技も仕事も、続けられる時間は限られています。その限られた時間を、最高に楽しみながら、一緒に挑戦していきましょう!