テニス・土居美咲が15年のキャリアに終止符「挑戦をしている自分はすごい」
2023年9月に開催された東レ パン パシフィック オープンテニストーナメントで引退をしたミキハウス所属の土居美咲(どい・みさき)さん。世界最高峰の舞台とされる四大大会(グランドスラム)では、2010年全豪オープン出場、2016年ウィンブルドン選手権にてベスト16を記録するなど、身長159cmと小柄な体から繰り出される強烈な左フォアハンドを武器に挑戦し続けました。
2008年のプロ転向後、15年間プロテニスプレーヤーとして活動し、世界ランキング最高位はシングルス30位まで上り詰めた土居さん。長年のキャリアの中で培った自分と戦う力、また15年間の集大成をインタビューしました。
(インタビュー・文/小池美月)
挑戦し続けて、やりきった15年間
ーまずは15年のプロ生活、お疲れさまでした。引退を決めたきっかけを教えてください。
腰を怪我してしまい、高いレベルでプレーすることが難しくなったことがきっかけですね。テニスは一年中戦い続けなくてはならず、スケジュール的にも過酷なスポーツです。それを考えたとき、今までのように世界の舞台で戦うことが難しいと思ったのがきっかけです。
ーどのように引退をしたいと思っていましたか?
引退試合は、自分が戦っていたレベル(WTA国際大会※)の舞台で引退すると決めていました。世界最高峰の大会であるグランドスラムでシードが付くような選手と戦って終われたことは、これ以上ないくらい嬉しかったですね。最高のステージで引退できたことは、今まで頑張ってきたご褒美かなと思っています。
※WTAは、女子プロテニス協会(Women’s Tennis Association) の世界最高峰ツアー大会
ー有終の美ですね。選手生活を振り返ってみていかがでしたか?
挑戦し続けて、やり切った15年間でした。プロになってから、たくさん大変なことがあったのですが、最後の大会ではこれ以上ないぐらい良い終わり方ができたので、晴れやかな気持ちで引退することができました。
ー現役中に引退後の進路は決めていましたか?
現役中には、考えていませんでした。引退を決めたときも、最後の大会を全力でやり抜くと決めていたので、ちょうど今やりたいことを模索中です。
色々なことに興味があるので、新しいことに挑戦しながら、自分の好きなことや得意なことを少しずつ見つけていきたいなと思います。
ー長い期間、選手生活を続けてきた中には身体的に難しいこともあったかと思います。体調のコンディションを整えるために気をつけたことはありますか?
トレーニング面でかなり自分を強化したという自負があります。怪我をしない体を作るということも心がけていました。年齢が上がるにつれて量より質を重視した練習を増やし、競技生活の後半はトレーナーさんに帯同してもらいました。体の変化について情報共有しながら、「怪我を予防する」ことに気をつけて試合に取り組んでいましたね。
ートレーナーさんとコミュニケーションを取ることが大事なんですね。
伝えないことが怪我に繋がる可能性もあるかもしれないと思い、「小さいことから共有して未然に防ぐ」ことを意識して取り組むようになりました。
日本は痛みや疲労など、マイナスなことを伝えると「怠けている」と捉えられてしまう風潮があると思います。私も以前は言いづらいこともありましたが、怪我はキャリアを大きく左右しかねないので、少しの変化も伝えるようにしていました。
尿検査で体調を「見える」化
ー月経についてもお聞かせください。競技中で困っていたことはありましたか。
私はあまり月経痛が重い方ではなかったので、そんなにキツくはなかったです。ただ、今日は体が重いなとか、動きが鈍いななど体の変化はすごく感じていました。
生理になるとお腹に力が入りづらく腰も痛み、体幹のバランスが不安定になってしまうこともありました。テニス以外のことで不安要素を取り除きたいと思い、産婦人科に通って、生理をコントロールしていました。
ー月経がくるとコーチに共有していましたか?
月経になったらコーチやトレーナーさんに必ず伝えて、生理がきつい日はトレーニングメニューも少し変えていました。無理をして追い込んでも後に響きますし、負荷を調整していましたね。
ー月経以外にも体調が悪い日があったと思うのですが、どのように自分の体調と向き合っていたのですか?
珍しいかもしれませんが、自分で尿検査をしていました。テニスは激しい屋外競技なので、足や手が痙攣したり、つってしまうこともあります。年齢を重ねるにつれて、体は繊細になってくるので競技人生の後半は、朝に尿検査をして体内の水分量を「見える化」していました。少し数値が悪かったら、スポーツドリンクを飲んだりして調整するんです。体調の変化の指標にもなりやすいのでとても良い方法だったと思います。
1年間計測を続けて分かったことは、移動日に水分摂取量が少なくなる傾向があるということです。練習日は発汗するので、水分を多く摂取するのですが、移動日やその次の日は数値が悪いということに気づいたんです。
感覚はもちろん大事ですけど、数字は一番分かりやすく体の調子を測れるので、感覚と数字の誤差を認識するために測ってました。
15歳の女の子が教えてくれたこと
ー15年続けてこられた中で、怪我以外に何か大変だったことはありますか?
テニスは、大会の順位でポイントが加算され、ランキングが決定します。私たちは常にポイントを意識して生活をしなくてはいけませんし、毎週ランキングが更新される状況下で戦い続けることが大変でしたね。
負けが続くとメンタルにもかなり影響しました。しんどい時期もあったのですが、へこたれずに何とかもがいて挑戦し続けたというのはテニスを通じて学んだことだと思います。それを15年間やり切れたというのは誇りですね。
ー長く競技を続けることができた要因はありますか?
15年のキャリアを長く競技を続けるには、オンとオフの切り替えが重要だと思います。
オフの日も部屋に閉じこらず、観光もちゃんと行くようにしていました。食事も好きなので、なるべくリラックスして食事が取れるよう、試行錯誤していましたね。
ーオンオフの切り替えをしっかりするという考え方は、何かきっかけがありましたか?
アメリカ人のコーチからオフの重要性を学びました。当初は休むことに引け目を感じていたのですが、休むことでパフォーマンスが上がったことがきっかけで、考え方が変わりましたね。アメリカは「競技と同じぐらいプライベートも大事」という文化なんです。みんなが楽しんでいる姿を見て、私も見習おうと思いました。
ー土居さんの試合を見ると、いつも楽しそうにプレーされているなという印象を受けていました。試合を楽しむようになったきっかけなどありましたか?
26歳の頃は本当に精神的に辛くてテニスを辞めようかなと思っていたんです。テニスが楽しいと思えなくて…。ちょうどその時に、知り合いの人に頼まれて15歳の女の子と練習していました。
その子は、何度私に負けても「どうしたら勝てるかな」と目を輝かせて楽しそうにテニスをしていました。その様子を見て、「あ、こんなに楽しそうにテニスするんだ」と、楽しむ大切さを思い出すきっかけになりましたね。
そこから、少しずつテニスの楽しさを思い出しながらプレーできるようになりました。
ー15年間挑戦をし続けてこられて、挑戦を楽しむコツというのはありますか?
自分の実力や武器が相手にどれくらい通用するか、ということを楽しく考えられたら良いのかなと思います。挑戦は、攻めること。守りに入ってしまうと、今自分が持っている武器を十分に発揮できないと考えています。
前のめりでアタックして自分の今持っている力を出して挑戦することが大事だと思うんです。挑戦することで、「自分の実力や武器が相手にどれくらい通用するか」ということを楽しく捉えられたらもっと楽しめるのではないかなと思います。
「今しかできない」ことを伝えていく
ー長い間トップ選手として戦われていた中で、テニス界に足りないと感じる部分はありますか?
選手のメンタルケアがもう少し必要かなと思います。例えばですが技術面のコーチはいるのですが、メンタルの部分はコーチがあまりいません。今後、検討すべきだと思っています。
また、引退と同時にJWT50※という団体に所属させていただきました。レジェンドの伊達公子さんが立ち上げ、杉山愛さんなどもいらっしゃいます。トッププロ選手の経験を活かして、ジュニアやプロになる段階の選手のサポートや、選手の保護者向けに進路相談も行なっています。
※元テニスプレイヤーの伊達公子さんと杉山愛さんらが立ち上げた、世界ランキングトップ50に入ったことがある日本女子選手が所属する団体。
ー土居さんの経験を活かせるお仕事ですね。
そうですね。これまでの経験を何かに役立てたいという気持ちがあったので、やりがいを感じています。
ー最後にB&を読んでいる女子アスリートへメッセージをお願いします。
「今しかできないよ」ということを伝えたいです。私は15年間のプロ生活でしたが、アスリートとして活動できるのは心身的にも若い頃しか経験できません。挑戦し続けられる素晴らしさがスポーツにはあると思います。「何かに挑戦している自分」はすごいと思いながら、挑戦を楽しんでほしいと思います。
ーありがとうございました!今後の活躍も応援しています。