「生理は、女性だけのものじゃない」Woman’s waysが目指す女性が生きやすい社会とは
「女子アスリートに、自分の身体を大切にしながら競技と向き合ってほしい」
この思いを胸に、元トップアスリートらが立ち上げたのが一般社団法人「Woman’s ways」です。代表を務める潮田玲子さん(バドミントン)、副代表の中川真依さん(飛び込み)、理事の杉山愛さん(テニス)らの4名を主軸に、登坂絵莉さん(レスリング)ら賛同アスリートを巻き込みながら活動しています。
日本では、生理など女性ならではの身体の仕組みについての理解が薄く、男女関係なくタブー視されてきました。この現状に対して、彼女たちが声をあげて伝えたいこととは。それぞれの競技で感じてきた課題を背景に、社会全体が変わっていく必要性を強く訴えます。
※取材当日は、アスリート(現役・引退ともに)が学校を訪れ、生徒たちの社会課題に対する意識の向上と、社会課題解決のためのアクションのきっかけを作る「HEROs LAB」が実施されました。学生主導で生理について勉強する部活がある横浜女学院中高にて本インタビューの4名と日本体育大学 須永美歌子教授が登壇し、女性の生理や身体についての講義と生徒たちとのディスカッションを行ないました。
<「HEROs LAB」のレポートはこちら>
現状を変えられるのは、女子アスリート自身。
潮田:Woman’s waysを立ち上げるきっかけになったのは、ある国際女性デー企画の取材です。
中川真依さんと、女子アスリートの生理やコンディショニングについて話す機会がありました。現役時代に直面した悩みを振り返るなかで、「私たちが現役の頃と比べて、何も変わっていない」と思ったんです。
少しずつ女性の身体について正しい知識が広まり、受けられるサポートが増えてはいるものの、まだまだ一部にすぎないなと。どうすれば現状を変えられるのか考え始めたところから、立ち上げに至りました。
女子アスリートが競技に集中するためには、選手だけでなく指導者、競技スタッフの女性の身体への理解が欠かせません。そうすれば、選手が安心して相談できるようになると思うんです。
選手として課題を感じてきた私たちが、自らの経験や正しい知識を発信し、現場に寄り添っていく活動をすることが必要だと感じました。「何か形にして行動していきたい」という思いが強くなり、もともと仲の良かった3名(中川さん、杉山さん、狩野さん)にお声がけしました。
杉山:「ぜひ一緒に」と返答しました。現役時代を振り返ると、生理や自分の身体について知りたかったことが多くあります。生理痛や生理前後に起こる体の不調に対して、正しい知識があればいろんな選択肢を持って向き合えていただろうなと。自分自身の経験を次世代の女子アスリートに伝えていきたいと思っていたので賛同しました。今では活動の幅が広がり、一般企業や学校でもセミナーを実施しています。
中川:私たちアスリートは、誰よりも自分の身体と向き合ってきた経験があります。だからこそ、「トップアスリートでも同じように苦しんだり悩んだりするんだ」と知っていただくことが大切かなと。そうすれば、女性の身体に対する理解が広がりやすいと感じています。
潮田:定期的に訪れる気分の落ち込みやイライラなどが、「生理によるものだ」と理解するだけでも楽になるんですよね。私もそう考えるようになってからは、感情的になりすぎず受け入れることができました。
中川:少しむくんだだけで水着がきついと感じることがありましたが、どうしようもできないものだと思って我慢していました。知識があれば、もう少し気楽に捉えて、ストレスがかからないように対応できたと思います。
14歳で初潮がきた時、タンポンの使い方をまともに知らなかったので競技中に血が垂れていないか心配でした。生理中の対応法も教えてほしかったです。
杉山:ナプキンだと汗で気持ち悪くなるので、私もタンポンを使用していました。まだ日本だと使用率が低いと思うので、情報が正しく広がり選択肢が増えるといいですよね。
潮田:私は今、月経カップと吸水ショーツで対応しています。漏れも気にならないですし、とても楽ですね。ナプキンだけにとらわれず、ぜひ試していただきたいです。
指導者が理解して、正しく選手をサポートするべき
潮田:女子スポーツ界が抱えている課題は多くあります。中でも気になるのは、女性の身体に対する指導者の理解不足です。最も近くで選手を引っ張る存在であるにもかかわらず、指導者が正しく理解していないがゆえに、多くのアスリートが苦しんでいます。セミナーを受講している選手からも、コーチや監督にこそ知ってほしいという意見をよくいただきます。
生理で身体の不調があっても、言いづらい雰囲気があると思います。選手はどうしても、「弱みを見せてはいけない、我慢して取り組まなければいけない」と思うんです。勝負の世界なので、「休めば不利になるかも」と強がってしまいます。選手の心境は複雑だからこそ、指導者が正しく理解して声をかけられるようになるべきだと思っています。
登坂:私のチームは、監督一人に対して選手が30名いるような状況でした。細かく一人ひとりを気にかけられる状況ではありません。それでも、女性としてのコンディションを少し意識してもらうだけで変わっていくのかなと感じています。
杉山:一人でも、身体の状態を気にかけてくれる方がいると安心ですよね。私も現役時代は女性の身体に詳しいトレーナーの方にみていただいていて、心強かったです。
今はテニス女子日本代表監督を務めていますが、いい環境が作れているかなと。ナショナルトレーニングセンターの先生やチームドクターにいつでも相談できる環境があり、状況に応じて専門医を紹介しています。
潮田:いいですね。私は現役時代、生理について相談したことがありません。身近に相談できる方がいれば変わったのかなと思います。
一方、費用の兼ね合いでサポートを受けられない選手もいます。そういった選手に相談できる環境を作っていく必要性も感じています。小さなことでも気軽に相談できる窓口があればいいですよね。
生理は「女性だけの問題」じゃない
登坂:今日のLABを通じて、あらためて「正しく知ること」が大切だと感じました。人間は知っていることからしか、選択肢を作れません。早いうちからこうしたセミナーを受ける機会があれば、身体について興味を持つことができると思います。私自身も勉強になりましたし、自分の身体と向き合う重要性をこれからも発信していきたいです。
中川:私も同じ思いです。性別や年齢の垣根を超えて女性の身体と向き合う機会を、これからも作っていきたいと思っています。
杉山:クラスメイトと自分の症状を共有することは、貴重な機会だったと思います。自分や周囲の人がどのように感じているかを知ることも、「正しく知る」ことのひとつですよね。
自分との向き合い方は、意識しないと変わらないと思います。アスリートの場合は、競技で結果を出したいがゆえに自分の身体を後回しにしてしまうことも多いです。現役時代が人生の全てではありませんし、むしろ引退後の方が長いです。出産を希望するかもしれないですし、自分の身体を大切にしていただきたいですね。
潮田:「意識しないと変わらない」というのは、その通りだと感じています。ただ、継続して発信することが大切だと思っている一方で、真にこの社会課題全体の解決に至るためには何が必要なのだろう、と。どこか壁を感じるんですよね。
日本の性教育が、根本から変わる必要があると思うんです。性教育は男女別の教室で実施され、男性は生理をタブー視するのが当たり前になっています。日常生活でもナプキンを紙袋や透けない袋に包んでくれるなど、無意識に「生理は隠さないといけないもの」と刷り込まれていますよね。
幼少期から生理については踏み込みづらい雰囲気の中で生きてきた人たちに、「今日から生理について正しく理解しましょう」といっても無理があるなと。企業で生理休暇ができたとしても、実際に使っている人たちは少ない、という事態になっていると思います。性教育を変えていかないと、本当の意味で生理への認識や理解が深まることはないと感じますね。
杉山:家庭での性教育は重要だと思います。私は小学生の息子と娘に生理についてや、女性が妊娠する仕組みについても説明しています。包み隠さずリアルに知ることが大切だと思いますし、登坂さんがおっしゃっていた通り、正しく知ることが自分の身体を大切にすることに繋がるかなと。
潮田:女性が生きやすい社会を実現するためには、女性のみならず男性の生理への理解が欠かせません。まずは、月経やPMSについて調べてみることから始めてもらいたいなと。そして、身近な女性に思いを巡らせ、調子のいい時や悪い時など小さな変化に気づいてあげて欲しいです。そうすると、きっとかける声も変わってくると思います。
中川:もし身近な女性の体調が悪そうに見えたら「無理しないで」や「体調悪かったら休んでて」などといった思いやりのある言葉をかけてあげてもらいたいですね。その一言で、救われる女性は多いと思います。
男性にも女性の身体について知ってもらうことで、心遣いは広がるかなと。機会があればぜひセミナーなど受けていただければ嬉しいです。
潮田:微力ながら発信を続けて、少しでも誰かが生きるヒントになれば嬉しいと思っています。これからも発信の輪を広げ、社会全体で課題に向き合っていきます。