月経周期に応じた、女性アスリートのトレーニングを考える。日本体育大学教授・須永美歌子
日本体育大学児童スポーツ教育学部教授、博士(医学)の須永美歌子さん。女性アスリートにおける月経周期の影響について検討し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指して研究に取り組まれています。
日本体育大学では、女性アスリートが安心して競技力向上に取り組めるよう、課題解決に向けての調査研究や啓発セミナーを実施。須永さんは、本プロジェクトのリーダーとしても活躍されています。
今の研究に至った経緯や、女性ならではの悩みと現在の研究結果から考えられる解決方法、女性アスリートへの想いを伺いました。
(聞き手・文:竹村幸)
女性アスリートがより成長するために
ー研究の道を選んだきっかけを教えてください。
体育教師を志して日本体育大学に入学し、陸上競技部(種目:走幅跳)に所属していました。大学2年時に慢性腎炎を発症し、大好きな陸上を諦めることに。主治医からは「将来子どもは望めないかもしれない」と伝えられました。
当時は子どものことより、陸上ができなくなることの方が苦しかったですが……。自分の体と向き合う大切さを知り、健康を維持しながら競技力向上に取り組む大事さを実感しました。
ーなぜ月経周期に着目されたのですか?
もともとは、博士号を取得したあと東京大学大学院に就職し、筋トレに関する研究を行なっていました。その中での結果から、今の研究につながるヒントを得たんです。
「男女が同じ条件の筋力トレーニングを行なった際、筋肥大率は同じ」という結果が出ました。男女で、テストステロン(男性ホルモン)は約20倍も違うのに筋肥大率は同じ。となると、女性ホルモンが関係しているかもしれないなと。
調べてみたところ、女性ホルモンが筋タンパク合成(筋肥大)に関与することがわかりました。女性はホルモンの増減が激しいので、「月経周期がトレーニングやコンディションに影響を及ぼすのではないか」と考え研究を始めました。
月経周期に応じたトレーニングを解明したい
ー月経周期によって、コンディションは変化すると言えるのでしょうか?
何らかの影響があることは間違いありません。黄体期(生理前)は脂質利用が高まるので持久力がアップすると考えられている一方、多くの選手が生理前に疲れやだるさを感じ、生理後に好調を感じています。ここの解釈は難しく、世界的な研究でもまだ解明されていない部分が多いです。
生理後はグリコーゲン(糖質)がたくさん使われるので、調子が良いと感じていても回復方法が大事になってきます。最近私たちが行なった研究では、運動後の回復には、糖質と脂質が含まれている牛乳が良いという結果が得られました。
また、黄体期にはカルニチン(脂肪を燃焼するホルモン、羊の肉に多く含まれる)の低下が見受けられます。カルニチン不足が生理前に感じるだるさの原因のひとつとして考えられるので、食事などで補うことも大切です。
<カルニチンが多い食材例>
・ラム肉
・牛肉
・赤貝など
ー月経周期に応じて、トレーニング内容は変えた方がいいのでしょうか?
筋タンパク合成には、エストロゲン(女性ホルモン)が必要です。またエストロゲンには酸化ストレスを防ぐ役割もあります。エストロゲンの分泌量が多い時期にトレーニングをすることで、より高い効果が期待できるのではないかと考えています。
健康な女性アスリートを対象にした12週間のトレーニングを行なった研究結果では明らかな差は見られませんでしたが、長期間になると違いが見られる可能性はあります。(※2016年時点での研究結果より)
最近、報告されたレビューでは、卵胞期(生理中~生理後)に筋肥大効果が高い可能性があると考えられています。(※2022年4月時点での研究結果より)
ー男女で、ホルモンの影響の受け方は変わりますか?
男性の性ホルモンは、思春期に一度大きく上がり40代くらいから緩やかに低下します。
女性も思春期に大きく上昇し、月経、妊娠、出産、閉経と大きく変化していきます。閉経後に筋力が落ちてしまったり、精神的に落ち込みやすくなる原因のひとつが女性ホルモンの低下です。女性は肉体的にも精神的にも、男性よりホルモンの影響を受けやすいと言えます。
生理痛や気分の落ち込み、骨密度の低下による疲労骨折も女性ホルモンの影響を受けて起こります。
ー生理痛やPMSで悩むアスリートも多いです。対処法のひとつとしてピルが考えられますが、須永先生はどのように捉えられていますか?
日常生活に支障をきたすなら、ピルの服用は治療方法のひとつです。ただ、サプリメント感覚で利用するのは間違いです。なぜなら、副作用が強く出たり、落ち着くまで2,3ヶ月かかる場合があるからです。
日々安定したパフォーマンスを求められるのがアスリートです。「PMSがひどい=ピル」という認識ではなく、婦人科を受診して医師に相談しながら取り入れていくことが重要だと考えます。
大事なのは、自分の身体について正しく知ること
ー競技で体を酷使していると、妊娠しづらくなることはありますか?
スポーツをしていたから、妊娠しづらくなることはありません。考えられる不妊の原因は、身体の異常を感じながらも放置すること。不安がある場合は、婦人科に行ってチェックしてもらって欲しいです。
ー婦人科を受診する目安はありますか?
無月経が3ヶ月続いたら、婦人科を受診してください。また、出血が7日間以上の場合、親指の頭ぐらいのレバー状の出血がある場合、1時間程度で漏れが心配になる場合は、過多月経の可能性があります。
出血が3日以下と少ない場合もきちんと排卵していない可能性があるため、将来、妊娠を希望するのであれば受診した方がいいかなと。大事なのは、日常生活が困難だと感じたら躊躇わずに受診すること。耐えられない痛みや精神的な不安定さを感じた時は迷わず病院に行っていただきたいです。
ーその他にも、女性アスリートが気をつけるべきことはありますか?
アスリートと歯の関係性は、ロンドン五輪後から注目されています。女性ホルモンが多い黄体期に歯周病菌が増えるという研究結果もあるんです。
(参照:https://www.nittai.ac.jp/female_project/wp/wp-content/uploads/2022/04/resources_4.pdf)
炎症・感染症は、集中力の欠如につながります。スポーツドリンクや練習直後に飲むプロテインも虫歯のリスクに。飲んだ後に水で軽くうがいするだけでもリスクが軽減されます。また、妊娠中に歯周病菌が増えると、早産や低体重出産のリスクが7倍になってしまうという報告もあります。口の中の健康を守る大切さも知っておいてほしいですね。
(参照:https://www.kisarazu-dental.com/maternity/)
ー最後に、今後の展望をお聞かせください。
日本体育大学では、女性アスリートをサポートするプログラムがあります。相談窓口を設け、婦人科の先生とつなげたり、月経啓発活動の一貫としてセミナーを開いています。取り組んでいる中で感じるのは、月経について正しく知らない方が多くいらっしゃること。まずは自分の身体と向き合う重要性を理解していただき、正しい知識を身につけていただきたいです。
月経周期に応じて自分のコンディションと向き合うことが、パフォーマンス向上に繋がります。まだまだ発展途上の研究分野ですが、研究室内だけで終わらせず、女性アスリートが力を発揮するための実用的な成果を出すことが私の目標です。
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