【アスリートの睡眠お悩み相談室】寝る前の筋トレは逆効果?
こんにちは。ヒラノマリです。
『スポーツ×睡眠』をテーマにした連載、3回目は「アスリートのための睡眠お悩み相談室」と題して、私が現場で睡眠コンサルをしている中でアスリートからの質問で多いものをQ&A方式でご紹介します。
目次
クーラーはひと晩中、26℃で風を上向きに
お悩み①:夏になると寝苦しく、何度も目が覚めてしまいます。クーラーを使うとからだがだるくなるので苦手なのですが、何かいい方法はありませんか?
夏場に一番多いのが、こちらの質問。からだが資本のアスリートだからこそ、クーラーとの関係が気になりますよね。
まず、大前提として質の良い睡眠をとるには、深部体温を下げ、『睡眠スイッチ』をONにしてあげることが重要になってきます。
(詳しくは前回のコラムを参照)
睡眠時に最適な温度は26℃、湿度は50%
「深部体温(脳や内臓の温度)が下がることで、眠りにつく」「深部体温が下がらないと、寝つきが悪くなったり睡眠の質が下がってしまう」というポイントを踏まえながら、こちらのグラフをご覧ください。
こちらのグラフは、
A:室温35℃・湿度75%
B:室温35℃・湿度50%
C:室温29℃・湿度75%
D:室温29℃・湿度50%
の4つの環境下で深部体温の変化を比べた実験の結果です。
室温35℃では、湿度が50%でも75%でも深部体温がほとんど下がっていないことがわかります。日中の気温が35℃を超える猛暑日などは、昼間に家の壁や家具が熱を溜め込み放射熱となり、夜になっても熱を発し続けます。
そのため、夜間にクーラーを使用しない場合、私たちが思うよりも簡単に寝室内が35℃に近い状態になってしまい、深部体温が下がらず入眠が阻害されて、睡眠の質が落ちやすくなると言えるのです。
タイマー機能を設定しても、タイマーが切れたあとに暑くて目が覚めてしまう方が多いのも、放射熱によって室温が一気に上がってしまうためです。
一方、室温29℃の場合は、深部体温が下がり、さらに同じ29℃でも湿度50%の方がより下がっていることがわかります。これは、湿度が低いほうが皮膚から汗が蒸発しやすく、深部体温が下がりやすいからです。
このことから、質の良い睡眠を得るには温度だけではなく湿度も大切なことがわかります。
ただし、注意しなければならないのが、この実験が寝具を使用せず裸で実施された点です。実際に布団を使用し、パジャマを着た場合の最適な室温と湿度については、
“『夏のオフィスの空調を28℃に設定するように提唱しているが、寝衣や寝具を身にまとうと、28℃でも暑くて睡眠を妨害してしまう。夏の夜は、それよりも2℃低い室温26℃、湿度50~60%であれば、睡眠が良好に保たれる。それよりも室温が高くなると、寝つきが悪くなり、途中で目がさめやすくなる』”
(参考文献:宮崎総一郎、林光緒 2017年『睡眠と健康』一般財団法人放送大学養育振興会 より引用)
と言われており、最適温度は26℃、湿度は50%となります。
暑い夏、質の良い睡眠をとるための正しいクーラーの使い方
それではどのようにして『室温26℃・湿度50%』をキープすればよいのでしょうか。そのヒントをお伝えします。
1.就寝30分~1時間前にクーラーをつけ、寝室を冷やす
寝る直前にクーラーをつけても、壁や家具からでる放射熱によってなかなか室温を下げることができません。そこで、部屋の大きさやクーラーの機能にもよりますが、就寝30分~1時間前より設定温度を24℃前後にして、寝室を冷やしておきましょう。扇風機で壁を冷やすのも効果的です。
2.就寝時は長袖パジャマを着て設定温度は26℃、風向は上向きでひと晩中つけっぱなしにする
本来であれば、温度計で測った上で室温を26℃にキープすることが理想ですが、遠征などで室温の確認が難しい場合には、クーラーの設定温度がひとつの目安になります。ただ、機種によって利き方が異なるので、一度26℃に設定し、そこから温度を調整してみてください。
また、クーラーをつけると朝起きたときにからだがだるいという方がいらっしゃいます。
これはクーラーの冷たい風が直接からだにあたって、毛細血管が縮まり、血液の循環が悪くなってしまうことで代謝が悪くなっているためで、『クーラーをひと晩中つける=からだに悪い』というわけではありません。
そこで大切になってくるのが、クーラーの風向きは自動にせず1番上に向けて、風が直接からだにあたらないようにすること。
そして、半袖・短パンなど肌の露出が多い服ではなく、薄手の長袖・長ズボンのパジャマで就寝すること。
これで、寝返りで布団が動いても風が直接からだにあたるのを防ぐことができます。
■番外編:どうしてもクーラーに抵抗がある場合は、睡眠前半の4時間でタイマーを設定する
どうしてもクーラーをひと晩中使用することに抵抗がある場合も、入眠時に深部体温を下げるため睡眠の前半4時間程度は使用するようにしてください。
寝室が狭くてクーラーが効きすぎてしまうという場合は、向かいの部屋や隣の部屋のクーラーをつけて、扇風機で寝室に風を送ってあげる方法もおすすめです。
筋トレが交感神経を刺激。寝る前のルーティンを見直そう
お悩み②:夜に筋トレをして疲れているはずなのに、なかなか眠れません。
一概に『夜眠れない』と言っても、その原因は十人十色。眠れない原因を特定するためには、生活習慣やトレーニングの強度などを細かくヒアリングする必要がありますが、真面目なアスリートの方に多いのが、寝る直前まで筋トレをして、上がってしまった深部体温が入眠を妨げているケースです。
就寝直前に筋トレをすると、その効果まで台なしに
夜は、リラックスの神経である副交感神経を優位にさせることが快眠への近道になりますが、寝る直前に筋トレをしてしまうと脳が刺激され、日中優位になっているはずの交感神経が優位になってしまううえ、心拍数や深部体温も上がってしまいます。
その結果、寝つきが悪くなったり、夜中寝汗が止まらなくなってしまうのです。
また、筋トレの効果という面からみても、就寝前のタイミングで行なうのはおすすめできません。筋肉の合成を促すには成長ホルモンが大切になりますが、成長ホルモンは入眠してから最初の90分間にひと晩で出る70~80%が分泌されます(※1)。
しかし、交感神経が優位なままだと、入眠し始めの90分の睡眠の質が下がってしまいます。そうすると、成長ホルモンの分泌が十分とはいかず、筋肉量が低下したり、日中のトレーニングの効果を台なしにしてしまうことも。
もちろん、長年のルーティンを毎日こなすことで得られる安心感も大切ですが、このような場合はルーティンをするベストなタイミングを科学的に検証し、生活習慣を見直すことも大切です。
睡眠薬が翌日のパフォーマンスに影響!? 知っておきたいリスク
お悩み③:連戦が続くとからだは疲れているのに、夜眠れなくて辛いです。睡眠薬や寝酒を飲んでもいいですか?
連戦が続くと交感神経が優位になりやすくなり、寝付くまでに時間がかかったり、眠れないという選手が増えます。中にはチームから睡眠薬をもらうことができるという選手もいらっしゃり、一般人に比べて睡眠薬へのハードルが低いようにも感じます。
睡眠薬を服用するリスク
ただ、その睡眠薬を飲む前に、一度睡眠薬を飲むリスクも考えてほしいのです。睡眠薬は、想像以上に長時間体内に残るため、翌日のバランス感覚や注意力、反応時間に影響を及ぼすことが研究でわかっています。(※2)
つまり、睡眠薬を飲んだその日の夜は寝つきが多少良くなったとしても、翌日のパフォーマンスを向上させるものとは言い難いということです。
そして、睡眠薬で得た眠りというのは、自然の眠りとは違います。睡眠中の脳波を計測すると、睡眠薬で得た眠りは深いノンレム睡眠が欠けている脳波になっており、自然に眠った場合の脳波と異なります。
深いノンレム睡眠というのは、アスリートのリカバリーにとって非常に重要な時間で、傷ついた筋肉の修復が行われていたり、怪我の治癒をしてくれる時間になります。リカバリーを早めるために飲んだつもりの睡眠薬が、逆に深いノンレム睡眠を奪ってリカバリーを遅らせている可能性もあるのです。
また、処方された睡眠薬を飲んでいる人は、まったく飲んでいない人と比較して死亡リスクが高く、ガンの発症リスクも高くなるという、カリフォルニア大学の報告(※3)もあります。飲む前に、睡眠薬が本当に必要なほどなのか自分自身に問いかけてほしいと思います。
寝酒も良質な睡眠の妨げに
寝酒についても同じことが言えます。お酒を飲むことで寝つきは良くなりますが、アルコールが徐々に代謝され、3時間ほど経つと血中のアルコール濃度が低下し、この血中のアルコール濃度が薄くなったときに興奮して目が覚め(中途覚醒)、浅いレム睡眠が増加します。
興奮状態のため再度寝ようとしても、なかなか眠ることができず、交感神経が高ぶって脈が速くなり、汗をかき、寝つきは良くなっても結果的に睡眠の質を低下させてしまいます。
ひと晩眠れなくても気にしない!睡眠は1週間単位でマネジメントしよう
眠れないという状況自体に焦りを感じますし、次の日のパフォーマンスに影響するのではないかとアスリートなら誰でも不安になります。ここで大切なのは、眠れないたった1日を悲観したり、不安になったりせず、残りの6日間でどう睡眠をマネジメントするかです。
眠れない夜があることは、悪いことではありません。睡眠を1週間単位で振り返って、マネジメントできるようになると心がぐっと楽になりますよ。
睡眠をマネジメントする、その方法をこれからもお伝えできればと思います。
◼︎プロフィール
ヒラノマリ
スリープトレーナー。自身も睡眠で悩んだ経験から睡眠学に興味を持つように。大学卒業後、某大手インテリア会社に入社。寝具担当として幅広い顧客に寝室全体のコンサルティングを行ってきた。2017年から、アスリート専門に睡眠指導を行う『スリープトレーナー』として活動をはじめる。ショールームでの販売経験を活かした具体的なアドバイスは、プロサッカー選手や五輪出場選手にも好評を得ている。
Twitter:@sleeptrainer_m3
Instagram:@maririn__gram
◼︎参考文献
※1: Van Cauter, E. and E. Tasali, Endocrine physiology in relation to sleep and sleep disturbances. Second ed. Principles and Practices of Sleep Medicine, ed. M.H. Kryger, T. Roth, and W.C. Dement. 2011,Missouri: Elsevier Saunders. 291-322.
※2: N.Gunja, ‘In the Zzz zone: the effects of Z-drugs on human performance and driving’ ,Journal of Medical Toxicology, June 2013
※3: D.F.Kripke, R.D.Langer,L.E. Kline, ‘Hypnotics’ association with mortality or cancer: a matched cohort study’, British Medical Journal Open, February 2012.