“リモートワークアスリート”籾木結花。海外移籍後も貫くキャリア論
試合やコンテストで輝くアスリートも、その裏で生活のために働き、いずれは引退してセカンドキャリアに移る。1人の人生を考えた時に、アスリートはどうやってキャリア形成をしていけばいいのでしょうか?
女子サッカー日本代表のフォワードで、今季途中まで日テレ・東京ヴェルディベレーザに所属した籾木結花選手は、会社員として働きながら選手生活を送っています。昨年は新卒1年目ながら、仕事と両立してなでしこリーグ5連覇を達成。5月22日にはアメリカ・OLレインへの完全移籍を発表しましたが、今後も会社員として働くと言います。
今回は社労士でありながらアスリートとしても活躍する浦辺里香さんと、競技とキャリアについて対談。籾木選手は、仕事をすることがサッカーのためにも大事だと言います。
*取材は移籍発表前に行ないました。
■対談した人
籾木 結花(もみき ゆうか)
1996年、米ニューヨーク州生まれ。慶應義塾大学卒。中学時代に日テレ・メニーナに入団。都立杉並高へ進学と同時に日テレ・東京ヴェルディベレーザに昇格し、これまでなでしこリーグ5連覇を達成。2017年になでしこジャパンデビュー。U-20W杯では3位に立った。昨年には新卒で株式会社Criacaoに入社し、選手生活と両立。5月22日にアメリカ・OLレインに完全移籍。
浦辺 里香(うらべ りか)
特定社会保険労務士。日本財団、東京中日スポーツ新聞で勤務中に社労士試験に合格後、事務所を開業し独立。アスリートのセカンドキャリアを支援するSSS(サムライ・スポーツ・ソリューションズ合同会社)の代表も務める。また自身もアスリートで、クレー射撃(スキート)元日本代表、ブラジリアン柔術紫帯(2020ヨーロピアン選手権青帯フェザー級ダブルゴールド)。
目次
なぜプロでなく会社員に?あえて両立を目指す理由
籾木さんは女子サッカー選手ですが、会社員でもありますよね?どういう仕事内容なんですか?
月1のイベントを主催していて、今はオンラインでやっています。先月は元FC東京の石川直宏さんをゲストに、社員でもあるフットサル日本代表の北原亘さんとクロストークをやりました。
「新型コロナの状況でどう過ごし、どう乗り越えて、どう新しい価値を作っていくのか」というテーマで、参加者ともディスカッションしていく内容です。
仕事のボリュームもかなりありそうに見えますが、仕事と練習の割合はどのくらいなんですか?
ただ普段からリモートワークをしたり、人と打ち合わせに行ったりしているので、勤務時間は決まっていませんが、シーズン中でもほぼ毎日仕事はしています。
・オンシーズン
選手生活:週5でトレーニング、週1試合
仕事:平日は17時からのトレーニングまで仕事、遠征中の空き時間も
・オフシーズン
選手生活:トレーニングは週4〜5、計2〜
仕事:ほぼ毎日
でも、なぜプロ契約ではなく、会社員と両立しようと思ったんでしょう?
同級生は学生のうちに起業していたり、自分の持つ専門分野を突き詰める人が多かったです。そういう人を見ていると、スポーツだけをやっているより、何かと掛け合わせて自分のパフォーマンスを上げた方がいいんじゃないか。
サッカーでやっていることを社会に還元して、つなげていくこともできるんじゃないかと考えました。
「この先勝てるのか…」W杯、なでしこリーグ5連覇で見えたもの
けれど自分としては、これまで女子サッカーという狭い世界にいたのが、会社員となることで多くのビジネスパーソンに出会えたり、素敵な経営者の方に会って話を聞くことができました。聞いた話を吸収すると共に、同時に自分の思いも伝えられたかなと思います。
けれど、自分が選んだ道に責任を持ちたい。この選択の中で、自分にしかできないことを突き詰めたいと思い、そう気持ちが固まったW杯以降は、自分自身をさらに磨き上げていけたと思っています。
国内でもプロでやっている女子サッカー選手もいると思いますが、彼女たちプロ選手との違いや、プロのほうがいいなと感じる時などはありますか?
自分の環境から言うと、何か仕事や勉強をしながらサッカーをやる生活のほうがいいなと思っています。サッカー以外のものに触れるというのは、直接サッカーに影響はなくても、サッカーへの想いやモチベーションだったり、向き合い方を形成する上で大事だと感じています。
ベレーザ全体で見ると、学生以外に2人いて、会社員は3分の1くらいいます。
日テレ・東京ヴェルディベレーザが、なでしこリーグで5連覇できているのも、みんながチーム外で経験を積んでいることが理由なんじゃないかと思います。
女子サッカー界のキャリア形成に新たな選択肢
練習ができないからこそ、コンディションを落とさずにチームに戻るにはどうすればいいのか。今は女子サッカー選手によるSNSでの発信が増えているので、その活動をどう発信していくのか。
こういう思考の転換というのは、社会経験があるからこそ生まれるものではないかと思います。
自分はチームとは全く別の、知り会いづてに出会った企業を選んでいます。こういう選択は、なでしこリーグでも初めてなくらい、とても珍しいことだったんです。
苦境をムダにしない、籾木選手が考える今の時間の使い方
今の私たちは「なでしこジャパン」として認識されていなくて、W杯出発前の注目も少なくて、負けた後に叩かれることもあまりなかった。興味がないんだと感じたんです。
なでしこも、女子サッカーのW杯も、あってもなくてもさほど影響がないんだと感じてしまいました。
今はそれを伝える場も、結果を残す場もない。女子サッカーの本当の魅力を伝える場がなくなっていると感じています。
籾木さんは、どうやって気持ちを保とうと考えていますか?
だからこそ、次に「スポーツを見に行く」となった時に、今まで以上に魅力的に思われる試合内容や会場の雰囲気を作らなければ、「やっぱり面白くなかったかも」とファンが離れていってしまうんじゃないかと。
それが一番自分たちの痛手だと思いますし、ここで価値を見せることで、女子サッカーが評価されることになると思います。
この状況で何もやらなかったら、“差が見えた時”に後悔する。どれだけ自分の成長のために、この時間を使えるかが大事だと思っています。
後記
対談途中で、「新型コロナの影響で、収入面に影響はないのか」という質問をしました。籾木さん自身は発言内容にもある通り、リモートワークで積極的に業務に参加しているため、給与の減額や休業はありません。
しかし、他の女子選手たちは?という疑問に対し、「女子サッカー選手は、私のように会社勤めをしていたり、スポンサー企業で就労している選手も多いので、案外試合がなくなってしまっても、収入面では確保できているのかもしれない」と教えてくれました。
これは一般社会にも言えることで、未曽有の事態に勤務先の経営状況が悪化してしまうと、収入減少は避けられません。しかし、メインの仕事以外で、サブ的な収入源があると、大ダメージは回避できます。
籾木さんが実践している“競技以外のものから吸収し、競技へフィードバックする”という考えは、「パラレルキャリア」そのものです。パラレルキャリアは、経営学者ピーター・ドラッカーが提唱した概念で、「メインのキャリア(本業)と関係のない活動から、メインのキャリアへ還元できるキャリアを持つ」というものです。
アスリートにとってメインのキャリアは「競技」そのものです。生活の基盤としての収入確保は必須ですが、その方法は、必ずしも競技に精通する必要はありません。逆に、無関係の分野から得られる経験や知識こそ、競技に役立つ可能性を秘めています。
今後の女子アスリートの「ニューキャリアプラン」として、このような働き方が支持されるのではないかと思いました。
浦辺さんの個人ブログはこちら。