たんぱく質を摂っていい睡眠を。快眠効果を高める食べ方は?
みなさん、はじめまして。今回、睡眠についての連載をさせていただくことになりましたスリープトレーナーのヒラノマリです。
『スポーツ×睡眠』をコンセプトに、アスリートを専門に睡眠の指導や、ひとりひとりの体型の特徴、ライフスタイルに合った睡眠環境の提案をしています。
スポーツ×睡眠の重要性
そもそも、なぜ『スポーツ×睡眠』なのか…。
それは私自身が学生の頃、不眠に悩んだ過去があり、もともと睡眠学に興味があったのと、人生の岐路でスポーツに勇気をもらった経験が全てつながって、このスポーツ×睡眠というコンセプトに行き着いたからです。
今やスポーツをする人やアスリートにとって、ただがむしゃらにトレーニングをするのではなく、食事や栄養のバランスも考えながら『食事はトレーニングの一環』として捉えることは当たり前の時代になりました。
では、睡眠はどうでしょうか?
アスリートが寝具メーカーの広告に出ていたり、睡眠の大切さを訴える本も多く出版されて、睡眠の重要性が注目されていますが、日本のスポーツ界では睡眠に対する具体的な対策がなされていないのが現状です。
海外では約20年も前からすでに『睡眠はトレーニングの一環』として、有名クラブチームで睡眠環境の改善や、遠征先のホテルのマットレスを選手ひとりひとりの体型に合ったものに交換するなどの対策がなされ、パフォーマンスアップにつなげています。
スリープトレーナーとしてプロアスリートの方と睡眠について話している中でも、睡眠は食事や栄養に比べればまだまだ関心が低い分野だと感じます。
しかし、睡眠にまで気を使えるアスリートの方が増えていけば、更なるパフォーマンスアップにつながる。無限の可能性を持つ分野が睡眠なのです。
日本人の睡眠時間は世界ワースト1位(2016年・米ミシガン大学調査)と言われているほど深刻ですが、実は世界的に見ても男性より女性の睡眠時間のほうが少ないのです。(*1)
スポーツを楽しむ女性がより輝くために、睡眠から受け取ることができる人生のギフトと、その方法をお伝えしていきたいと思います。
睡眠不足はメンタルに大打撃
寝不足のときは普段なら聞き流せる冗談が聞き流せなかったり、落ち込みやすい…という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
これは睡眠中に脳は嫌な記憶を消去してくれたり、精神的ストレスを軽減したりと、心のメンテナンスも行ってくれるからなのです。
精神的に健康な人が4時間半の睡眠時間で5日間過ごすだけで、抗うつ傾向が強くなり、脳機能がうつ病や、統合失調症の患者さんと似た状況になる(*2 国立精神・神経医療研究センターの発表)という報告があるほど、私たちのメンタルと睡眠は密接な関係があります。
よく『一晩寝たら昨日けんかした内容を忘れている』というのも、睡眠が心のメンテナンスをしてくれているからなのです。
筋肉合成、脂肪燃焼にも悪影響
睡眠不足はメンタルのみならず、アスリートにとって大切な筋肉や体脂肪にも大きな影響を与えます。
たんぱく質を合成して筋肉をつけたり、脂質の代謝を促して体脂肪の蓄積を抑えたり、体脂肪を燃焼させる働きがある『成長ホルモン』。
実はこの成長ホルモンは、睡眠中に多く分泌がされ、とくに寝入ってからの最初の90分間に一晩で出る70~80%の成長ホルモンが分泌されます。(*3)
そのほかにも、睡眠時間は食欲とも深く関係しています。アメリカのスタンフォード大学が2004年に行った調査では、8時間寝た人に比べて5時間しか寝ていない人は、食欲が増進するホルモン『グレリン』の量が約15%多く、食欲を抑制するホルモン『レプチン』の量が約15%低いという実験結果が報告されています。(*4)
つまり、睡眠時間が短いと食欲の抑制が効かず、お腹がいっぱいでも食べすぎてしまい、太りやすくなるということなのです。睡眠不足の状態でカロリー制限や厳格な食事管理をしても、体脂肪が減らないこともわかっています。
一晩の睡眠時間が5時間半のグループと8時間半のグループに分け、摂取カロリーや運動量も同じ条件下で2週間かけて行われた実験では、5時間半睡眠のグループの落ちた体重の70%が筋肉。一方で、8時間半のグループは落ちた体重の50%以上が脂肪でした。
つまり、脂肪を落として筋肉を残すという理想的な減量ができたのは、8時間半の睡眠のグループで、睡眠不足の状態でトレーニングや食事制限をしても脂肪はそのまま残り、筋肉が減ってしまったのです。(*5)
トレーニングの成果が思うように出なかったり、ダイエット中なのに食欲に勝てないというお悩みがある方は、ぜひ睡眠時間も見直してみてくださいね。
たんぱく質が快眠につながる理由
スポーツ女子にとって大切なたんぱく質。実はこのたんぱく質、快眠にもつながる重要な役割もあるのです!
たんぱく質はアミノ酸で構成されています。アミノ酸でも体内で合成することができない9種類のアミノ酸は『必須アミノ酸』と呼ばれ、毎日食事から摂取する必要があります。
この必須アミノ酸の中でも『トリプトファン』というアミノ酸は、睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンのもとになるので、睡眠の質を上げるには特に重要な栄養素になります。
朝に摂取したトリプトファンが、夜に睡眠ホルモンに変わる
摂取したトリプトファンは、
トリプトファン
⇓
セロトニン
⇓
メラトニン(睡眠ホルモン)
と時間をかけて体内で変化(進化)し、約15時間かけて睡眠ホルモンのメラトニンになります。
メラトニンに変化する前のセロトニンは、三大神経伝達物質の一つで、別名・幸せホルモンとも呼ばれており、感情や気分のコントロール、精神の安定に深く関わっています。
このセロトニンが不足してしまうと、精神のバランスが崩れ、暴力的になったり、うつ病を発症する原因ともなります。トリプトファンを摂取することは、快眠にも、私たちがポジティブに生活をするためにも大切ということなのです。
そして、気を付けてほしいのがトリプトファンの摂取のタイミング。トリプトファンがメラトニンに変化するには、約15時間かかります。
夜にトリプトファンを摂取してからでは不十分で、時間から逆算をして朝食でトリプトファンを意識して摂取することが大切になります。
トリプトファンが豊富な食材
トリプトファンは肉、魚、卵、大豆、乳類、バナナ、白米などに含まれています。特に鮭、納豆、たまご、みそ汁はトリプトファンが多く含まれているうえ、朝食に取り入れやすく、おすすめの食材です!
そして、トリプトファンは、単独で摂取しても睡眠ホルモンのメラトニンに変化(進化)をしてくれません。トリプトファンがメラトニンに変化(進化)をするためには、ビタミンB6、葉酸、マグネシウムなどの様々な栄養素が必要となります。
たんぱく質だけではなく、一汁三菜がそろった『和定食』のようなメニューを思い出しながら、食材選びをしてみてくださいね。
といっても、女性は特に朝の準備でバタバタ忙しく、朝から栄養満点の一汁三菜のごはんは難しい…という方も多いですよね。そんな方におすすめなのが、バナナ!
バナナにはトリプトファンに加えて、ビタミンB6、葉酸、マグネシウムなどの栄養素も含まれています。皮を剥いてすぐに食べられるのも嬉しいポイントです。
タンパク質を、しっかり噛んで食べることで効果倍増
そして、もう一点意識してほしいことが『咀嚼』です。
たしかに、朝にプロテインやプロテイン入りのスムージーを飲めば、手軽にトリプトファンを摂取することができます。しかし、プロテインやプロテイン入りのスムージーだけでは不足してしまうものがあります。それは咀嚼(=噛むこと)です。
私たちは食事をするときに、無意識に噛んで飲み込むという作業をしていますが、この噛むという一定のリズム運動は、先ほど説明したセロトニンの分泌を活性化させることができます。セロトニンがもととなって睡眠ホルモンのメラトニンに変化するので、咀嚼をすることが快眠にもつながるというわけです。
毎日ポジティブに生きるため、代謝を促してトレーニングの効果を存分に発揮するためにも、睡眠が大きな役割を担っていることがわかります。このどれもが、『睡眠にしかできない役割』です。
ぜひ睡眠のチカラの恩恵を受けて、ヘルシーなライフスタイルを楽しんでくださいね!
■プロフィール
ヒラノマリ
スリープトレーナー。自身も睡眠で悩んだ経験から睡眠学に興味を持つように。大学卒業後、某大手インテリア会社に入社。寝具担当として幅広い顧客に寝室全体のコンサルティングを行ってきた。2017年から、アスリート専門に睡眠指導を行う『スリープトレーナー』として活動をはじめる。ショールームでの販売経験を活かした具体的なアドバイスは、プロサッカー選手や五輪出場選手にも好評を得ている。
■参考文献
アメリカ科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」(電子版)の2016年5月6日号より
*1 Sleep Debt Elicits Negative Emotional Reaction through Diminished Amygdala-Anterior Cingulate Functional Connectivity PLOS ONE 8(10)
*2 Van Cauter, E. and E. Tasali, Endocrine physiology in relation to sleep and sleep disturbances. Second ed. Principles and Practices of Sleep Medicine, ed. M.H. Kryger, T. Roth, and W.C. Dement. 2011,Missouri: Elsevier Saunders. 291-322.
*3 Taheri, S., et al., Short sleep duration is associated with reduced leptin, elevated ghrelin, and increased body mass index. PLoS Med, 2004. 1(3): p. e62.
*4 Insufficient Sleep Undermines Dietary Efforts to Reduce Adiposity
*5 Arlet V. Nedeltcheva, MD; Jennifer M. Kilkus, MS; Jacqueline Imperial, RN; Dale A. Schoeller, PhD; and Plamen D. Penev, MD, PhD
5 October 2010 Volume 153 Issue 7 Pages 435-441